本文へスキップ

ゲームライフ・ゲーム

亜麻矢幹のエンタメコンテンツ

人世一夜の日登美荘
第5話
Lead or Die [#8]


 十数分が経ち、日之本は棚を整理し終えた。かなり分類に悩まされたが、そこそここなせただろうと評価した。しかし、気になるのは例のふたりの様子だった。彼はひとまずホビー誌コーナーに向かい、まほの仕事っぷりを確認することにした。
 まほは本日はしっかりした立ち読みをしていた。やはりと言うべきか。ついつい誘惑に負けてしまったのだ。
「ダメだよ、本読んでたら」
「おおう!? あ……わらわは仕事をしている最中であったのだったな」
 注意するとまほは一瞬びくりとして、すぐに我に返り、恥ずかしそうに舌を出した。
 まほが本を閉じたとき、表紙の文字が見えた。
『月刊・雑草』。
「まるまる1冊、雑草の知識が満載という珍妙な本じゃ。ついつい興味深くて見入ってしまった。すまぬすまぬ」
 ページ全体に草の写真とその説明が書いてあった。きっとアウトドアの本だろう。日之本は思った。世の中は広い。同時にこの本を買う層はとても狭い。
 まほに「続きを頼む」と言い置いて、日之本は次にしもべのいる女性誌コーナーに向かった。
 すると、しもべはしゃがみ込んで、まほと同じく本に没頭していた。
「ダメですよ、仕事しないと」
「うー」
 日之本が注意するとしもべはゆっくりと振り向いた。しかし、夢中になっていたと思われる割にどことなく困惑している様子だ。
「これは……失礼しました。しもべは、つい不思議な事に心奪われてしまいました」
「というと?」
「親子丼」
 日之本が覗き込むと、しもべが開いていたのはもちろんというべきか料理の本で、親子丼の作り方が載っているページだった。
「どうして親子というのでしょう?」
 しもべが気にしていたのはトリビアだった。
「鶏肉と卵を使った料理だからだよ。ほら、鳥が親で、卵は子供」
「! なんと!」それを聞くとしもべは驚愕し、ぶるぶると震えた。「つまり、親子そろって……食べられるからですか!」
「そういう事だよね」
 しもべは黙り込んでしまった。言われてみれば残酷な発想かもしれない。日之本も黙り込んでしまった。重い口を開いたのは眉を曲げたしもべだった。
「この……鳥はお父さんですか? お母さんですか?」
「え」
 考えたこともなかった。考えなくても日常生活には何も支障がない。
「どうなんだろう。なんとなくお母さんのような気がするけど……実はお父さんかもしれないって気もする」
「わかりませんか」
「わかりませんね」
「……なるほど。父子丼、母子丼と言及しないのは……子細がわからないからですね」
 一理あるといえばある。日之本も多少納得したが、それでも百パーセントではない。
「そのあたりは細かい事を言い始めるときりがないでしょうね。たとえば、この鳥と卵、血がつながってるとは限らない。いや、つながってることの方が珍しいに違いない。そうなると親子ではないのだから『他人丼』というべきだという意見が出てしまいかねない……いや、既にそういう料理があるから『真の他人丼』ですかね。あるいは『大人と子供丼』とか」
「おおお! まことごもっともです」
 しもべは天啓を得たとでも言いたそうに目を見開いた。
「とにかく今はあまり深く考えない方がいいね。仕事中だから」
「そうするのです」
 こうして日之本は、なんとかしもべも仕事に復帰させる事ができた。しかし、指導とはかくも難しいものであったか。世の中、人の上に立つというのは大変なんだな……しみじみと感じ入ったところで、コミックコーナーにまだ綾乃がいるのが目に留まった。綾乃は本棚の前で下を向き、何か考えている様子だった。小さく首を横に振り、振り返ったところで日之本と目が合った。
「あ」
「大家さん……えーと、また……漫画を」
「いえ、そういうわけでは……」
 綾乃はどこか罰が悪そうだった。日之本が棚を見ると、綾乃が立っていたのは自費出版のコーナーの前だった。久松書店では一版流通されていないマイナーな本も扱っている。特に地元の作家が出版した本が多いのだ。
「へえ……地元を盛り上げるための取り組みですか。おもしろいですね」
「でも、手ぬるい……」
「え?」
「あ、いえ、なんでもないんです」
 綾乃は口の中で小さくつぶやくと、口をつぐんだ。その矢先、背後から大きな嘆き声と、ばさばさと本が落ちる音が聞こえてきた。
「むぉっ、なぜ同じ大きさにそろえぬのじゃ、このでこぼこはエレガントとはほど遠い!」
「お魚の本、お野菜の本、お肉の本……たくさんありますが……おいしい順番に並べるにはこれではわからないではないですか」
「うっ、ほんのちょっと目を離した隙に……」
 日之本はため息をついた。とにもかくにも騒動の種がつきない。本棚の横から泣きそうな顔の小柴と目をぎらつかせている冨永が様子をうかがっていた。
「俺は行ってきますので、これで!」
 冷や汗をぬぐいながら、日之本はトラブルの元に走っていった。
「私もやるべきことはやらなきゃ」
 日之本の後ろ姿を見送った綾乃は、ぽそりとつぶやくと久松書店を後にした。



第5話 [#9] に進む
第5話 [#7] に戻る
小説のページに戻る


ページの先頭へ