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ゲームライフ・ゲーム

亜麻矢幹のエンタメコンテンツ

人世一夜の日登美荘
第1話
僕が正義で君が悪 [#4]


 シャイニング・レディがアスファルトを蹴った。瞬く間にシャイニング・レディはジャスティーダの目前に迫り、彼を射程に入れる。
「おわぁ!」
 ジャスティーダは咄嗟に身をかわした。シャイニング・レディは光る拳を振り下ろしながら、すさまじいスピードで彼の横を走り抜けた。その衝撃で発生した突風が木々の葉を豪快にそよがせ、自動販売機の横にあるゴミ箱をなぎ倒し、近くの建物の窓をミシミシと揺り動かした。さすがにパワーフィールドを展開しているだけのことはある。ジャスティーダは少しだけたじろいだ。
「な、何をする! 危ないじゃないか!」
 ジャスティーダが文句を口にしている間に、シャイニング・レディは彼に向き直って再び突進した。
「嘘!?」
 距離を詰めたシャイニング・レディは素早いパンチを連続で繰り出した。まるで腕が何本にも増えたかのように見えるほどの猛攻だった。同じくジャスティーダも残像が見えるほど素早くかわし続けた。
「ふ! はぁ! やぁ!」
「とはぁ!? ぷはぁ!? ふわぁ!」
 シャイニング・レディが拳を振り回し、ジャスティーダが身体をひねるたびに空気が振動してぶんぶんと唸った。次第に空気の渦は大きな竜巻に成長して、ゴミや瓦礫がれきを巻き上げながら広場を蛇行していく。途中でゴミ箱やベンチを吹き飛ばし、鉄の案内板の着いたポールをひしゃげさせた。
「な、なんだ、あれは!?」
 歓声を上げていた通行人や見物人たちの顔から笑みが消える。
「これは危ない……おい、みんなを避難させるぞ」
「りょ、了解! みなさん、ここから難れてください!」
 先ほどの警察官たちが誘導し、人々は巻き込まれないように大慌てで避難を始めた。その間にも、ふたりの闘いはますます激化していく。
「くっ、いい加減に、しろよぉ」
 けるばかりでは埒が明かない。ジャスティーダはタイミングを見計らい、意を決して咄嗟に腕を前に伸ばし、シャイニング・レディの拳を受け止めた。
 豪快な炸裂音が響いた。
 シャイニング・レディはもう片方の手も振り上げてジャスティーダに突き出す。ジャスティーダはそちらの拳も受け止め、ふたりはレスリングの組み合いのような体勢になった。接近したパワーフィールド同士が緩衝し合って、周囲の空気の層が歪み、ピシピシと鈍い音が鳴る。
「しぶといですね……正義の味方!」
「も、もちろんだとも!」
「ですが、勝つのはやはり私です!」
 いきなりシャイニング・レディが組んでいる手を力任せにふりほどきながら、後ろに飛び退いた。
「ふお!?」
 ジャスティーダは間抜けな声を上げて倒れ込み、地面に渾身の掌底をくらわせることになってしまった。手のひらが直撃するとまるで地割れが起きたかのようにアスファルトに亀裂が入った。
「チャンス!」
 すかさずシャイニング・レディは四つん這いのジャスティーダに走り寄ると、腕をつかんでハンマー投げのように豪快に振り回し、その身体を宙高く放り投げた。
「わぁぁぁ!」
 ジャスティーダは駅ビルの4階を越えたあたりまで上昇し、その後、重力に従ってオブジェの上に落っこちた。ばこんという強烈な破壊音がしてオブジェと台座はこっぱ微塵に砕けて飛び散り、ジャスティーダは地面に転げ落ちた。
「あったたたっ……」
 ジャスティス・スーツは超・耐衝撃素材でできている。そのおかげで負傷はしなかった。ただ、それでもそこそこ痛かった。
「ちょっと平気なの!? なんか、やたらすごい衝撃が来てるんだけど!?」
 ポケットの中からアイベリーの声が聞こえる。
「このスーツ着ててこんだけ響くって、どんだけの攻撃くらいまくってんのよ!」
「これから反撃しまくるところだ。しかし、ひどいことをする……変身してなかったら大けがしてるでしょ、これ」
「アイが思うに、変身しなければ、こんな目には遭ってないよね」
「むぅっ……一理あるような気がする」
「音声だけじゃわかんないよ、ちょっと見せて! どうなってんの!」
「後、後……今、忙しいから」
 騒ぐアイベリーを無視するとジャスティーダはふらつきながら、なんとか上体を起こした。足首やら肘やら背中やらあちこちに衝撃があったせいで、いまや五体満足なのかどうかもよくわからない。シャイニング・レディを見ると、彼女は距離を置いて、その場でぴょーんと飛び跳ねている。激しい運動をする前のウォーミングアップのように見えてとても悔しい。
 ……ウォーミングアップ? まさか? ジャスティーダの脳裏に不安がよぎったとき。
「とどめでーす!」
 シャイニング・レディが全力疾走でジャスティーダに突進した。ジャスティーダは総毛立った。正真正銘、全身全霊のパワーフィールドパンチが来る!
「やば!? ヒーロー、最大のピンチ!? う、うわ、来るな!」
 咄嗟に彼は地面に散らばっていたオブジェの破片を拾ってシャイニング・レディ目がけて投げつけた。ほぼ防衛本能に近かった。だが、破片はとんでもない速さで直進していく。パワーフィールドのおかげで時速三百キロを出していたのだった。
「きゃ!?」
 シャイニング・レディが慌ててける。間一髪だった。豪速瓦礫がれきはその0.1秒後に彼女がいた空間を通過し、後方にある建物の壁に深くめり込んだ。シャイニング・レディはその破壊力を見て一瞬呆然としたが、すぐさまジャスティーダをキッと睨んだ。
「何をするのです! 危ないでしょう!」
「だって、こうでもしないと、おまえ、突撃してくるだろ!?」
「突撃するからといって、人に石を投げつけていいということではないでしょう!」
「石ではない! これは……オブジェだ!」
「屁理屈が多い!」
「なんとでも言え!」
 再びジャスティーダは癇癪を起こした子供のように元オブジェを拾い上げては投げ、シャイニング・レディは迫る凶器をけ続けた。その都度、街は轟音と粉塵にまみれていった。
「ん!?」
 突然、はっとするジャスティーダ。とうとう手頃な大きさの瓦礫がれきを全て投げ尽くしてしまったのだ。
「弾切れのようですね」
 冷たく言い放ったシャイニング・レディはゆっくりと拳を握り直した。そして大きく後方に数回ジャンプすると、ジャスティーダとの距離をこれまでよりも長く取った。着地してくるりと回ると息を整え、にっこりと微笑む。
「覚悟なさい」
「ちょっと待った、待った……待ったぁ!」
 対照的に大慌てのジャスティーダだが、シャイニング・レディはかまわず助走を始める。足先のパワーフィールドの輝きが増し、加速がかかる。ジャスティーダはいちかばちかの決断をした。というよりも、ろくに考えている余裕もなかった。こちらもパワーフィールドで受け止めるしかない。力比べだ。失敗したらとんでもないことになるが、事ここに至っては仕方がない。ジャスティーダはおろおろしながらも立ち上がった。
 しかし、シャイニング・レディはその動きを予想していた。互いの拳が射程に入った瞬間、シャイニング・レディは拳を振り下ろした。
 ジャスティーダはシャイニング・レディの攻撃を受け止めるべく力強く構えて踏ん張った。ところが。
 こきゅ。足首をひねった。
「おおお!?」
 小粒の瓦礫がれきに足をとられ、ジャスティーダは派手に身体を傾けてしまった。この突然のダッキングはシャイニング・レディにとっても予想外だった。
「えぇっ!?」
 すかっ。と、シャイニング・レディの渾身のパンチは空振りした。その代わりに彼女の膝がジャスティーダの顔面に直撃した。渾身のニードロップ。
 シャイニング・レディはそのまま勢いよくつんのめり、ジャスティーダを巻き込んで、ふたりそろってボーリングの球のように地面を転がった。
「きゃあぁぁ!」
「ぶびゃびゃびゃ!」
 ふたりはそのまま二十メートルほども突き進んで、駅ビルの隣に立っていた地域の案内板にぶつかってようやく止まった。
「あいたたた……」
「くぅぅ……」
 シャイニング・レディは腰を押さえ、ジャスティーダは顔面を押さえて立ち上がる。
「何やってんですか! 力比べをするつもりだったんでしょう!? しっかりしなさい!」
「いや、足元が不安定で……それにさっき足首をひねったし、クセになっちゃったかもしれない」
「いい加減なことを……これだから正義の味方を名乗る人にろくな輩はいないというのです!」
 ジャスティーダが言い返そうとしたとき、
「な、なあ、君たち……もう……いいかな?」
 先ほどの年配の警察官が恐る恐る話しかけてきた。
「その……ケンカは終わったのかい?」
「ケンカなどではありません!」
「そ、そうです……これはれっきとした正義と悪の戦いです」
 シャイニング・レディがすぐさま否定し、ジャスティーダも呻きながら主張した。これは互いの立場にとって聖戦であるのだ。ケンカなどという低い次元で片付けられるものではない。
「そんなことは……どうでもいいんだよ」
 しかし、警察官はうつむくと、ゆっくりと首を振った。
「周りを見てくれると、わかると思うんだけどね……」
「え……」
 警察官に促されたジャスティーダとシャイニング・レディは、周囲を見回して言葉をなくす。
 大惨事、である。
 衝撃波の影響で建物の壁には大きな亀裂が入ってガラスが飛び散り、ドラッグストア、タケザキタカシの店頭に並んでいた商品は見事散らばっていて、広場の床は接着部がはがれて浮き上がっているし、車道はアスファルトも割れて粉みじん、道端に止まっていた車は根こそぎつぶれるかひっくり返っていて、街灯の鉄柱はくねっとひん曲がり、てっぺんの大きな時計は落ちて転がり、電光掲示板は完全にショートしていて、駅ビルにつながるエスカレーターの床板は飛び出して南京玉簾なんきんたますだれのようになっていて……それはそれはものすごい光景なのだった。
 ジャスティーダとシャイニング・レディは互いに顔を見合わせた。そういえば大がかりな物理的衝突をしたな、とふたりそろって思い出した。
「君たちのせいで、こんなことになっている」
 警察官は口元を引きつらせながら先を続けた。
「そ、そう言われても、俺はただ正義を貫いただけなのだから」
「そ、そのとおりです。私だって悪の組織の活動の範囲内で行動していますし、こうなったのは、この人が割り込んできたからであって、本当に困っているのは私の方です」
「なんだよ!? 俺のせいだとでもいうつもりか!?」
「当然あなたのせいでしょう!? 他の誰のせいだというのですか!」
「おまえが、ぼっかんぼっかんやったんじゃないかよ!」
「ぼっかんぼっかんしちゃってたのは、あなたじゃないですか!」
「違うね、おまえだ。おまえがパワーフィールド使って、俺に襲いかかってきたんじゃないか」
「あなたが先にパワーフィールドを使ったから、私も応対せざるをえなかったんです!」
「何を!」
「何です!」
 ふたりが睨みあったとき、
「だから、ケンカするなら、他でやれー!!」
 さらなる怒声が響いて、ふたりはびくりとして論争を止めた。振り向くと、鬼気迫った様子の警察官がふたりを見つめている。出会った頃の温厚そうなあの紳士はもういなかった。
 それが呼び水になったのか――ふたりの巡査と様子をうかがっていた周囲の建物の関係者も集まってきた。みな一様に目を血走らせていた。そして、生者に吸い寄せられるゾンビのようにゆっくりとふたりに近寄ってくる。
「な、なんだか険悪だな。想像以上にやっかいなことになったような気がする」
「私もです。奇遇ですね」
 ふたりは顔を寄せ合い、こそこそと囁きあった。どうしたものだろうか。ジャスティーダは考えた。おそらく隣の女も必死に対策を考えているだろう。なので、手っ取り早く聞いてみた。
「おまえ……これからどうするつもりだ」
 シャイニング・レディはしばらく沈黙を保つと、
「ふふっ」
 小さく笑い始めた。
「ふふふふふっ」
「何を笑ってるんだよ。俺はどうするつもりかって訊ねたんだぞ」
「まさか、この街に正義の味方が潜んでいたとは」
 ジャスティーダの言葉など聞こえていないというていだった。
「いいでしょう、勝負は、ひとまず預けます」
 シャイニング・レディは毅然として言い放つ。
「今日のところは挨拶ということで、おとなしく引き下がってあげましょう。総員、撤収しますよ」
「イ、イー!」
 戦闘員たちは既に回復して起き上がっていた。半分以上はまだ身体の節々をさすっていてつらそうではあったが、シャイニング・レディの指示を受け、のろのろと歩き出す。
「ジャスティーダ!」
 シャイニング・レディはジャスティーダの鼻先に指を突きつけた。
「次に会うときは容赦いたしません!」
 そして、背を向けると、戦闘員たちに続いて整然と歩き去った。
「あ……」
 その去り際をなかば呆然として見守ったジャスティーダだったが、
「……悪は去った」
 すぐに彼は己の勝利を知ったのだった。
「結果オーライ! とりあえず正義は勝つ!」
 ジャスティーダは勝利のポーズを取ると、じりじりと彼に詰め寄ってきている人々と向かい合った。
「安心めされよ。おのおの方。悪の脅威は去り、駅前の平和は守られた。つまり俺の役目は終わった。正義の味方は悪のいる場所にのみいればよいのだ。そしてこの地に再び悪の魔手が迫ったとき、また俺を呼ぶとよい! というわけで、さらば!」
 ジャスティーダは後半を一気にまくしたてると、足首と股間をかばいながら懸命に走り出した。
「ま、待て! これだけいろんなもの壊して、逃げるのか!」
「そうだ! 後始末をどうするつもりだ!」
「み、店が……店がぁぁぁ!」
 あらゆる「声援」を背に、ジャスティーダは正義を貫いた満足感を噛みしめていた。



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