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ゲームライフ・ゲーム

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人世一夜の日登美荘
第5話
Lead or Die [#7]


 翌日、日之本は学校帰りにまた久松書店に寄ると、小柴が飛んできて、がっしりと日之本の両手をつかんだ。
「よく来てくれた」
 日之本はどちらかというと昨日の件で呆れられているかと思ったくらいだったのだが、その理由はすぐにわかった。
「本当、助かった……あれを頼みたいっ」
 小柴が指を指した先を見て日之本はぎょっとした。
「むぉ、待ちかねたぞ、日之本殿!」
「お疲れさんなのです」
 小柴書店のエプロンを着用したまほとしもべだった。
「え、どうして」
「うん……今日から働く事になったんだ」
 小柴は遠い目をした。
「開店したらすぐにこの娘たちが来てね……昨日の事は水に流すから自分たちを雇えって」
「破格の条件である。わらわとしては不本意ではあるが、こちらの文化を学ぶ必要がある以上、これ以上の追及はよろしくないと思ってな」
 まほが話に割って入ったが、当然のごとく日之本には意味がわからなかった。
「店長、いいんですか?」
「なんというか……追い返す方がやっかいなことになりそうな気がして」
 勘が働いたらしい。日之本も少しだけわかる気がした。
「そういうわけだから、日之本君にこの娘たちの指導係をまかせたい」
「え……俺だって昨日働き始めたばかりの、バリバリの新人なのに。指導なら冨永さんの方が……」
 言いかけてレジにいた冨永を見ると、猛獣のような目つきをしていた。
「まずいですかね」
「そうなんだ。彼女の精神衛生上にもよくないと思うし……お願いするよ」
 小柴は日之本の両肩に手を置き、真剣な目つきで日之本を見つめた。
「店長……」
 日之本には小柴がとても小さく見えた。日之本よりもずっと経験を積んだ人生の先輩であり、つい昨日までは自信にあふれ威風堂々として店を回していたであろう店長が、今はこんなにも弱々しい。そこまで、まほたちに辟易しているのか。
 そして、このふたりに意見して手綱をとれるのは日之本くらいだと……日之本こそが適任だと見切った。だからこそ、このふたりをリードする役目を託した。
 日之本は内心で酸欠になりそうなほどため息をついた。
 事なかれ、厄介払い、責任逃れ……いろいろな言葉が頭に浮かんでは消えていく。。
しかし、彼は正義の味方であった。彼はゆっくりうなずいた。それを見て小柴の顔を覆っていた曇りは一気に晴れた。
「ああ、ああ。頼んだよ」
 小柴は日之本の背後に後光を見たかのように手を合わせると仕事に戻っていった。取り残されたのは新人3人である。いったいどれほどのことができるか不安ではあったが、やれるだけやってみよう。日之本は己を奮い立たせ、毅然とした態度を取っておくことにした。
「ふたりともよく聞いてくれ。俺は今、店長から重要な任務を授かった。それは君たちの指導だ」
「むぉ、指導とな!」
「なるほど……日之本うじは統率者としての素質を見込まれたということですね」
「物は言いようだが、そうともいえるかな」
「なるほどなるほど、優秀な人物の手ほどきを受けるということであれば、何の不服があろう。よろしく頼むぞよ、日之本殿!」
「まほ様、その呼び方はいかがなものかと」
 キラリと目を光らせ、しもべが諭した。
「ここはひとつ、リーダーと呼ぶのがよいかと」
「リーダー……とな?」
「そう、リーダー」
「おぉ、しもべの申すこと、まこともっともである。この場において上下関係ができたのじゃからな。気を引き締めて臨もうということじゃな。では、そう呼ぶこととしよう。リーダー!」
 日之本は内心「本屋だけにリーダー」などと思ったが、細かく突っ込むのはやめておいた。きっとそこまで考えていないに違いないのだ。
「さっそくご指導たまわりたい。何をすればよいかの?」
「一生懸命、手伝うのです」
 まほとしもべは顔をきりりと引き締める。
「では、まずは本の整理をしてもらおうと思う。とにかくきれいに並べればいいんだ。こういう感じでね」
 まずは日之本が手本を見せる。棚の空いている場所を見つけると、本棚の一番下にある引き出しを開けてストックの本を取り出し、空きスペースに詰めていった。先日教わったことをそのまま伝授しているだけだが、それしか教わっていないのだから当然のことであった。
「きれいに並べればよいのじゃな」
 まほが日之本の隣に来て、日之本が整理した本を手に取り、一度引き出して再び押し込む。
「なるほど……です」
 それを見ていたしもべがまほの隣に来て、まほが整理し直した本を手に取り、またそろえ直した。
「こんな感じだね」
「なんと、とても簡単ではないか、リーダー」
「見事なご指導です。リーダー」
 本当に大丈夫なのかな。と、日之本の心にちょいと不安なものが鎌首をもたげた時だった。またも店内をゆっくり本棚を眺めながら歩いている綾乃の姿を見つけた。
「あれ、大家さん」
「本当じゃ、おーい、園川殿!」
「しーっ しーっ! 声が大きいよ!」
 まほが大きな声で綾乃を呼び、綾乃はびくりとして振り返った。日之本がまほを注意している間に綾乃は小走りで近寄ってきた。
「ま、まほちゃんとしもべさん? どうして……」
「うむ、今日からわらわたちも働くことになっての」
「まほ様と一緒にリーダーのお手伝いです」
「はは……なんだかそんな事になっています」
「そうでしたか。もしかしたら、日之本さんは今日もいるかもしれないと思いましたけど……まさかおふたりまで……」
 綾乃は目を見開いてふたりを見つめた。もちろん予想外だったのだろう。
「園川殿は本を買いに来たのか?」
「いえ、私は……」一瞬、躊躇した綾乃。「今日はこっちの方まで出てくる用事があったもので、ちょっと時間つぶしに立ち寄ってみただけで」
 確かに綾乃は昨日、おとといと漫画を購入している。さすがに3日連続となると節操がないだろう。
「ええと……ですから、私にかまわずお仕事を」
「ふむ、今は大事な任務中であるからの」
「今日は……いろいろ大変でしょうけど、頑張ってくださいね」
 綾乃は日之本をちらりと見て何か言いたそうにしていたが、微笑むと店の外に歩いていった。
「エールをもらった事だし頑張るのじゃ」
「そうするです」
「よし、本格的に整理を始めるとしよう。俺はコンピューターの棚をやるから、まほちゃんはあのホビー誌の棚、しもべさんはあっちの女性誌コーナーを頼む」
「うむ、了解したのじゃ、リーダー!」
「かしこまりました、リーダー」
 ふたりは敬礼した。



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