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ゲームライフ・ゲーム

亜麻矢幹のエンタメコンテンツ

人世一夜の日登美荘
第5話
Lead or Die [#9]


 日之本は全身全霊をかけて、まほとしもべを説得し、なんとか棚整理を終えた。続けて仕事をするべきところであるが、ずいぶん時間をくってしまい、妙に疲弊してしまった。
「ちょっとだけ休憩をもらおうか」
「それは助かるの。こんなに気疲れするとは。わらわはへとへとになってしまった」
「しもべも頭がくらくらでございます」
 3人がスタッフルームに移動しようとしたとき、日之本のポケットの中のクールフォンがぶるるっと強く震えた。日之本がそっとクールフォンを取り出すと、真剣な顔つきのアイベリーがいつもの通告をした。
「オメガクリスタル反応が出てるよ!」
 そして、日之本が息を呑むよりも早く、
「イー!」
 甲高いかけ声をあげながら、戦闘員たちが店の中に入ってきた。戦闘員たちは細長いテーブルを持ち込み、入り口に近い一番目立つ場所を確保するとテーブルを組み立て始めた。続けて、台車に乗せたたくさんのダンボール箱を運び込み、箱を次々と開けて中に詰まっていた本をテーブルの上にきれいに並べていく。
「むぉ! 無礼者どもが現れおったぞ!」
 まほとしもべも異変に気づいた。しかし、不快感よりも興味の方が勝った。
「はて、あんなにたくさん本を並べて、いったい何をしておるのじゃろう」
「ここで働くつもりでしょうか」
 ふたりが首を傾げていると、冨永が戦闘員たちに近づいていった。最初から戦闘モードなのは表情と歩く速さでわかった。
「ちょっと、何してるんですか!」
「イー!」
「えっ? 同人誌の販売? ここで? そんな話、聞いてないですけど」
「イー!」
「話はしてないから当然ですって? 何を威張ってるんですか!」
「イー!」
「悪の組織だからかまわない? ああ、埒が明かない、店長、店長ーっ!」
 冨永は店の奥に走っていった。その間にも戦闘員たちは売り場の準備を整えていく。テーブルが飾りつけされ、のぼりが立ち、ポスターが張られた。


『真・町枝宣言』
少年ジャパンで連載中の水島ヒカルがゲスト参加!


 興味本位で事の成り行きを見守っていた客のひとりがポスターを見て言った。
「え! 水島ヒカルが描いてるの?」
「イー!」
「特別に交渉? へえ、すごい!」
「イー!」
「え、今、買わないともう手に入らないんじゃないの!? 欲しいです、買います!」
「あ、俺も! 俺も!」
「もしもし? あのさ、今、久松書店でゲリライベントがあって、水島ヒカルがゲストの同人誌売ってて! 要る? 何冊?」
 日之本は店内の空気が変わったのを感じ取った。客の動きが慌ただしくなり、目をギラつかせてテーブルの周りに集まり始めた。つまり、悪の組織に民衆が洗脳され始めたということである。
「イー!」
 戦闘員の何人かが飛び出して、混乱をけるべく列整理を始めた。たちまち長蛇の列ができて、店の外にまで伸びていく。そこにやっと冨永に先導されて小柴がやってきた。彼はその簡易的な即売会と化した様子を見て呆然とした。
「なんてことだ……あの女の子たちの次は悪の組織? この数日やっかいごとばかりっ……」
 小柴はしゃがみこんで頭をかきむしった。そこに息を切らしつつも凛としたシャイニング・レディの声。
「はぁ、はぁ、すみません、遅れてしまいました……って、うわぁ、始まったばかりでこんなに並んでるんですか。さすがは水島ヒカルの知名度の高さ……」
 シャイニング・レディは周りを見回して驚いた。
「イー! イー!」
「わかってます、店の外の列整理だけはきちんとしておかないと……」
 小柴がそっとシャイニング・レディを見上げた。
「あんたが責任者か? どうして勝手にこんな真似をするんだ」
「もちろん、我が組織の宣伝活動ですとも。ご存知ですよね、水島ヒカルを。少年ジャパンに連載中の超売れっ子漫画家です。我がクリーナーは水島ヒカルさんにしつこくお願いして、応援漫画を描いていただくにいたったのです。ついでにわずかでも収益が出れば、こうして一生懸命働いている戦闘員たちにもボーナスを支給できますから」
「ああ、そういうこと……か……いや、そういうことじゃなくて!」
「ご覧になってください。これが見本誌です。どうぞ」
 シャイニング・レディは小柴とむっとしている冨永にも同人誌を差し出した。表紙には不敵な笑みを浮かべているシャイニング・レディと、周囲に各々決めポーズを取っている戦闘員たち。
「ああ……すまないね」
 小柴は本を受け取るとぱらぱらとページをめくった。
「ああ、この絵柄は見たことある。活動内容に、野望インタビュー……いろいろ丁寧に作ってあるね」
「どうして私まで……でも、ほんとだ、水島さんが……」
 ぶつくさ言いながら冨永も本の中をじっくりと見始めた。その間にも客は次々と並び、どんどん列が長くなっていた。
「イー!」
「ええ、わかっています、手伝いますよ! では、ちょっと失礼します」
 シャイニング・レディは小柴たちにぺこりとお辞儀をした後、テーブルで売り子を始めた。
 日之本はそんな一連の事態を目の当たりにしたのだった。彼は拳を握りしめ、またしても街のピンチに面したことを実感した。罠だ! 店長、冨永さん! あなたたちまで洗脳されてしまったらこの店の正義はどうなるというのだ! そして、すぐ隣にいたまほとしもべも激高していた。
「むぉ、思い出したらどんどん頭に血が上ってきたのじゃ」
「上りましたか」
「ぐいぐい来たとも! 頭のてっぺんまで煮えたぎってぐつぐつ言っておる!」
 まほも日之本と同じく拳を握りしめた。
「あの者どもが現れたということは、おそらくあやつ・・・も来るに違いあるまい。今度こそ、一網打尽でぶぎゃんとしてくれよう。やるぞ、しもべ」
「そう……ちょうどお仕事の休憩時間でした」
「そのとおり、何をやってもよい時ぞ」
 まほとしもべは日之本に鋭い目つきを向けた。
「リーダー! 我らは先に行く!」
 ふたりは走って女子更衣室へ入っていった。日之本にとってもふたりと離れられたのは好都合である。日之本も着替えるため男子更衣室に飛び込んだ。
「えーと……自分も休憩、入りまーす」



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