人世一夜の日登美荘
第5話
Lead or Die [#10]
「また性懲りもなく悪事に励んでいるとみた!」
着替えたジャスティーダは売り場に戻って、声高に叫ぶと、テーブル越しにシャイニング・レディに詰め寄った。しかし、その直後!
「ちょっと、思いっきり割り込みなんですけど!」
後ろから鋭い声が響いた。振り返るとずらりと客が並んでいて、ジャスティーダはその列に横入りする形になっていた。
「きちんと並んでください!」
「こ、これはどうも失礼……」
ジャスティーダが頭を下げたとき、続けて邪姫丸を持ったシャドーが走ってきた。
「待てーい!」
「また来たのか、不良少女」
「誰が不良じゃ! わらわは立派なプリンセスなるぞ!」
シャドーは地団駄を踏んでジャスティーダに詰め寄った。その直後、後方から客たちのいらだった声が響いた。
「いい加減にしろよ! おまえも割り込むのか? 早くどいてくれ!」
「す、すみません。ほら、こっち来い、いいから」
「む、むぉ?」
「姫様、よくわかりませんが、従った方がよさそうな雰囲気ですみゃ」
ジャスティーダはシャドーの腕を引いてテーブルの前から離れた。
「イー!」
売り子をしている戦闘員が列の後ろを指さし、シャイニング・レディがうなずいた。
「……きちんと並んでくださいね」
「いや、なんだってそんなことしなけりゃいけないんだ」
既に行列は店の外に出ていた。ジャスティーダが出入り口から外を覗き見ると、行列はそのまま駅の方に伸びていて、戦闘員たちが懸命に誘導していた。今から並ぶと普通に30分待ちになるのは明白だ。さすがにそんなに待つのはごめんだ。どうしたものか。
「あ、そうだ! 冨永さん!」
ジャスティーダは思いついて冨永を呼んだ。同人誌に没頭していた冨永ははっとして顔を上げる。
「な、何ですか?」
「すみませんが、ちょっとシャイニング・レディと売り子を代わっていただけませんか? そうすれば俺はこいつと話ができる」
「わ、私が? どうしてそんなことを……」
「緊急事態なのです。30分待ちだとへたすると悪事が一段落してしまいかねないと思うのです」
「そ、そう言われると、まあそうかもしれませんが……」
「お願いします。冨永さんを販売のプロと見込んで」
その一言が冨永の琴線に触れたらしい。
「そこまで言われたらしょうがないですね。店長、手伝ってください!」
「わ、私もか?」小柴もびくりとした。
「見たところ在庫がたくさんありますし、店長は管理と陳列をしてください」
「わ、わかった」
冨永の熱意に押し切られてうなずく小柴。ふたりはテーブルに歩いていった。
「では交代しましょう。いいですか?」
「え、ええ。お願いします」
そんなわけで小柴と冨永はてきぱきと本を売り始めた。シャイニング・レディがテーブルの外に出て来てジャスティーダはほっとした。
「ふたりには悪いがこれでゆっくり話ができる」
「いったいどういうことじゃ、なぜわらわが怒られねばならぬのじゃ」
「かしましい方々です。とにかくあなたたちにも差し上げます。はい」
シャイニング・レディがふたりに同人誌を手渡した。
「なんのつもりだ」
「本来なら千円ずついただくところですが、ご挨拶代わりに差し上げます」
「何、無料と申すか、それはすまぬな」
「お、おお、それはありがとう……って、違うわ! そういうことじゃない!」
ジャスティーダは本を突っ返した。隣でシャドーが腑に落ちないといった表情を見せる。
「なんじゃ、要らぬのか。せっかくただでもらえたというのに」
「おまえも目的を思い出せ!」
「なぬ? おお、そうじゃった! なんだかよくわからぬうちに並ぶことになってしまったが、わらわはこの本が欲しかったわけではない!」
続けてシャドーも本を突っ返した。
「失礼な」
シャイニング・レディは口を曲げた。
「せっかく作ったのに」
「それより聞きたい事がある。今回の悪事はどういう事だ! あの同人誌の中身が関係してるんだな」
「まあ、そういう事です」
「何が描かれているんだ?」
「だったら、突っ返さずに中を見ればよかったのに」
「中を見るまでもなかったからな! ……で、どういう内容なんだ」
「だから、なんで教えてあげなければならないんですか」
ふたりのやり取りを聞いてシャドーが独りごちる。
「むぅ……お主らがそんな話をしているから中身が気になってきたではないか。やはりわらわももらっておけばよかったか」
「受け取らなくていいんだよ! とにかくあの本が悪事のトリガーなのは間違いない! つまり……あの本の中身はきっと、正義と悪が戦って悪が勝つ、そんな内容なんだろう! それで人々を洗脳しようとしてるんだな!」
「うーん……まあ、そんなところです」
シャイニング・レディは歯切れ悪く言った。
「何か違うのか」
「いや、合っていると思いますが」
断定ではなく推測である。不思議に思いジャスティーダは聞いてみた。
「なあ、前から思ってたんだけど、おまえ、作戦意図がよくわかってなさそうな時があるよな」
シャイニング・レディはため息をついた。
「作戦参謀が……頭はきれるんですけど、人にものを伝えるのが苦手なんです」
「ははあ」
「それに今回の誌面の内容は私が読んでた漫画から思いついたようですが……私は別にこういう事がしたかったわけではないですし」
「乗り気じゃなかった、と?」
「いえ、私も悪の組織の一員。私情で行動するつもりはありません」
「ふーむ、それは職業意識が高くていい事だがな」
「とにかく私は与えられた任務を遂行するまで。即売会の邪魔をするつもりなら許しません」
「なるほど事情はわかった。そして、いつもの通り、おまえたちを倒すとしよう……と言いたいところだが、実は俺にとってここでの乱闘は困るのだ」
「あなたの言う事はもっともです。暴れるならば私たちのいない所でやってください。いつもいつも迷惑です」
「待て待て待て!」
シャドーが割って入った。
「さっきから好き勝手ぬかしおる! わらわこそが迷惑を被っているのだ。お主らこそ出ていきあれ!」
「断る!」
「お断りします」
ジャスティーダとシャイニング・レディに一蹴され、シャドーは眉をひくつかせ、邪姫丸を振り上げた。
「人の話を聞かぬ愚か者、裁きをくだして追い返してやろうぞ。くらうがよい、邪姫丸の必殺技を! と、さて、今日は何にしようかの」
「なんでもおまかせくださいみゃ!」
「待て待て!」
ジャスティーダはすかさずシャドーに走り寄って邪姫丸をしっかりとつかむ。
「何回か闘ってわかったが、おまえたちの行動がいつも致命的にやばいんだ」
「相変わらず乱暴な真似をする! 放すがよい!」
「放すものか」
「くふふ、そう言うと思ったぞ。ならば、その手、絶対に放すでない」
しかし、シャドーは不敵に笑い、逆に邪姫丸をジャスティーダに近づけた。
「邪姫丸、ここで『深紅のディスパイア』じゃ!」
「姫様、ゼロ距離攻撃ですみゃ!?」
「そうとも、その慢心をたっぷり悔やませてやるまで」
「かしこまりました。姫様がそうおっしゃるなら。『邪姫丸ファイヤー』発動します」
邪姫丸もにっこり微笑むと大きく息を吸い込み、ぽわぽわし始める。陽炎が揺らめき、炎が現れ、ジャスティーダの目と鼻の先の温度が急激に上がった。