人世一夜の日登美荘
第2話
登場!爆裂プリンセス! [#1]
「ジリリリリリリ!」
クールフォンの電子音が響く。いや、またもアイベリーが発する声だった。
「ジリリリリッリリー、リリリリリー!」
早々と“コール”2回目で声のトーンが上がった。
「アアア、アイベリーのーっ、モーニングコール!」
そしてすぐさまナレーションに変わる。
「はいっ、今日もお外はピーカン満天、心地よい1日の始まり、デスッ、お相手は私、アイベリーがお送りいたしっマスッ。さっそく本日1発目のアイベリー独断リクエスト、『都合のいい女』、いってみたいと思いっマス! けほん。ジャカジャカジャジャーン♪」
挙句の果てには歌い出した。
「『明日頼む』とあなたが言ったから、『朝がいいよ』と言ったから、アイは律儀に従うの♪ 時間が来たよ〜、早く〜起きろ〜♪ いつまで寝てる〜♪ はよ起きや〜♪」
アイベリーのボリュームとテンションはどんどん上がっていく。シュラフに潜り込んで床の上に寝転がっていた日之本は手を伸ばし、クールフォンを手に取って、通話ボタンを押した。途端に液晶画面からアイベリーがにゅっと飛び出して、アイドルのように振りをつけて踊る。
「呼べど叫べど起きないけれど、それでも健気に耐え抜くの♪ いいのいいの、時計代わりでも〜♪ アイは都合のいい女、いつでも無償で世話してる〜♪」
意外とうまい。一曲歌い終わったアイベリーはドヤ顔で続けた。
「はい、作詞作曲ボーカル、アイベリーの『都合のいい女』でシタッ。続けて2曲目『呪いをかける女』イッてみまショウッ!」
「……やめろ、うるさい」
「騒乱、上等ッ!」
アイベリーは腰に手をあててふんぞり返った。
「これは熟睡している人間を確実に起こすための手段なり。昨晩、アンタが適当な時間に起こしてくれって言ったんじゃんか! で、普通に起こすのも芸がないからDJふうにやってみたわけよ。即興で歌まで作ってね! 心に響く歌っていったらどんなのがいいかと考えて、じゃあ、今のアイの置かれてる状況を素直に口にすればいいかなって思ったわけ。実際、歌作りの原点、本質はそんなもんじゃないのってネットを検索して学習して、さらに今の気持ちを一生懸命演算して決めたわけで、しかも振りつけだって何万個かのダンス系動画を確認したっていうAIなりの苦労っていうのもあるのよ、そういった部分、本当は黙っていても考慮してもらえればばっちりなんだけど、そのあたりをアンタに期待するのがもしかしたら間違っているのかもしれない。今さら言ってもしょうがないけどね。でもってねぇ、さらに言うと実はこうやってアイがしゃべり続けるているのは、高性能スヌーズ機能を表現しているのね。つまりアンタがいつまでも起きないようだったら、アイはいつまでもこうやって話を続けないといけないわけで、実はとても疲れる行為なの。というのも、もちろん、これ全部、演算を続けている結果であって……」
「……悪かった。すぐ起きる」
日之本はギブアップした。起き抜けにアイベリーの機関銃のようなおしゃべりにつきあわされてはたまらない。本当はもう少し寝ていたかったが、アイベリーがアクティヴ状態になってしまった以上、無理だろう。のっそりと起き上がると、疲労が溜まっていたようで背中のスジがミシミシと軋んだ。
「よし、任務完了」
アイベリーは満足そうにうなずいた。
「日曜日だからって、いつまでも油断しっぱなしじゃ、だめさね」
日之本はあくびをしながら、心の中で「わかっている」と答えた。
「ほら、ギャルゲーだと、朝、寝坊しそうな男の子を義妹か義姉か義母か幼なじみか隣の人妻が起こしてくれるわけじゃない。今のアイたちがまさにそれってことよ。起きるかどうかのラブゲームってとこかな」
一瞬、激しくツッコミを入れたい気持ちにかられたが、起き抜けでエンジンがかかっていなかったため、すぐに諦めた。
「今日は駅前探検行くんでしょ?」
「探検……ああ、買い物な」
「そうそう。生活必需品を仕入れるついでにちょこっとバッテリーを物色してみたりしてさ。早く行こう」
日之本が日登美荘に入居して二日目。部屋は202号室。理由あって荷物はほとんど持ちこんでいない。ほぼ着の身着のままといってもいい状態で、生活必需品もそろっていないため、本日はその生活品を調達する予定である。
「って……今、何時だ?」
「正確には10時52分28秒、29秒……」
「げっ。もうそんな時間か。どうせならもっと早く起こしてくれればいいのに」
「アンタだって起こす時間は指定しなかったじゃないの」
「それは……そうだが」
いろいろあって疲れていた日之本は、昨晩アイベリーとはろくすっぽ話もせず寝てしまったのだった。
「アイ、退屈だったー」
「ほんとかよ。AIががめんどうくさいこと言ってんじゃない」
「何を言ってるのかなー!? 高性能だから! 処理速度が速いから! なのに情報が少ないから退屈の度合いも増すんだってば!」
理にかなっていそうで、結局よくわからないことを言うのがアイベリー。
日之本はアイベリーの頭に指を当てて、無理矢理、液晶画面の中に押し込んだ。
「おわわ!」
頭を押されたアイベリーが、日之本の手の下でバタバタもがいて、本体をぶるぶると振動させる。
「わーん、何すんだー! 押さえるなー!」
「朝だから起こしたとか言っておいて、結局おまえのさじ加減が適正じゃないせいだろうが」
日之本がパッと手を放すと、アイベリーのホログラフがバネが伸びるように勢いよく飛び出た。
「むぴゃーん!」
アイベリーは顔を歪ませて、苦しそうにむせる真似をした。その後、ぷくぅっと頬を膨らませて日之本を睨んだ。
「何てことすっかな! アイで遊ぶのはやめなさい!」
「起き抜けに無意味なハイテンションのおしゃべりを聞かされる立場に置かれた青年は、享楽的な気分にはならないものである」
「なるほど了見が狭い」
ほんの少しばかり小突いてみたくもなるだろう。とはいうものの、結局のところ、すっかり目は覚めた。それに食事もしたいところだ。
「いつまでもむくれてんなよ。準備するから待ってな」
「ほーい」
寝ている間にひじに貼った絆創膏がはがれかけていたので張り替えた。単なるすり傷だが、昨日、受けた戦傷ではある。派手な乱闘をした割にはささやかすぎるほど小さな傷だが、それでも患部をどこかにぶつけでもしようものなら極めて不快な思いをするだろう。
絆創膏の手持ちは残り一枚になった。とにかく正義の味方はいつ何時ケガをするかわからない。予備を買っておかないといけないと思いつつ、日之本は最後の一枚をデイパックに突っ込み、着替え始めた。
「えーちょっと待ってー。やだやだ、アイの前で堂々と服を脱ぐつもりー? エッチー」
「変身するときなんかいつもガン見してるだろうが。文句言うなら、あっち向いてろ。っていうか、引っ込んでろ」