人世一夜の日登美荘
第2話
登場!爆裂プリンセス! [#5]
正午の鐘が鳴ると同時に、日之本の腹が大きくぐぅっと鳴った。
「実は朝飯もまだで……」
腹を押さえながら日之本ははにかんだ。
「じゃあ、ちょうどお昼ですし、ついでにお食事でもしませんか。よかったらご一緒しても?」
「えっ……も、もちろん」
日之本は緊張しつつ肯定した。
「あ、でも……バッテラを出すところはあったかな?」
「いや、それはもう忘れてください。なんというか、単にそこらの牛丼でもいいやとか思ってたくらいで……たださっき見た牛丼屋は……臨時休業でしたけどね……はは」
「そ、そうですね。他にラーメン屋さんとか海鮮丼屋さんとかもあるんですけど……今日はみなさん、ちょっと都合が悪いみたいですね」
綾乃もどことなくおどおどした口調で同意した。
「ええと、どこか、ないですかね、きちんといつも通りやってるお店……あそこの洋食店とかは……」
ふたりは恐る恐る店の中を覗き込む。客は入っている。無事に通常営業していた。
「やってたー!」
ふたりは、ほっとして快哉を叫んだ。
そんなわけで、ふたりは安心して食事にありつくことができた。日之本はオリエント風ハンバーグセット、綾乃はオムライスを注文した。
ごちそうさまをして、日之本はなんとか人心地つくことができた。食後のコーヒーを含みながら、日之本は綾乃に礼を言った。
「それにしても案内してもらえて助かりました。さすが、詳しいですね」
「そりゃ、先住民ですから」
聞くと綾乃はこの街で生まれ、この街で育ったという。
「たかだか二十年ちょっとのつきあいですが、それでもこの街全体が庭のようなものです。よく『この街は私のもの』とか思っちゃいますし」
『この街が綾乃のもの』? 日之本は心の中で綾乃の言葉を反芻した。そして、ややあって結論づける。そう言ってもいいかもしれない。生まれ、育ち、今なお暮らしている街なのだから愛着があって当然である。二十年の月日は、けっしてたかだかではないはずだ。日之本は単純にそう思った。
「そうですね。この街は大家さんのもの、ですね」
日之本がそう口にしたとき、綾乃は一瞬、真顔になったが、すぐに、
「ありがとうございます」
と、笑った。
* * *
そんなふうに日之本と綾乃が歓談していた洋食店の前を、まほとしもべがとぼとぼと通りかかった。
「どうも、思っていたのと違うのぉ」
まほは眉を曲げた。
「こうして実際に歩いてみると、なかなか殺伐としておる。わらわは、もっと活気に溢れた営みを期待していたのじゃがな。商店とおぼしき建物も休みの所が多く見受けられるしの」
「あるいは……文明が衰退している真っ最中かもしれません」
「なんと、既にか。なるほど、なぜゆえこんなに街がボロボロなのかと思ったが……それなら納得もできような」
「さすが、お目が高い」
残念なことに彼女らが来るタイミングはとても悪かった。前日の日中までであれば、きちんと機能している街並みを堪能できたのだから。
「どこかにエレガントなものはないかのぉ」
まほは自問すると首をひねりながら歩き、しもべも後を追った。