人世一夜の日登美荘
第2話
登場!爆裂プリンセス! [#12]
「死体じゃなくてよかったね。それにしてもあんなところで昼寝とは……なかなか理解に苦しむ。つまり、春先はいろいろいるってことなのかねぇ」
アイベリーが首をかしげる。
「困っている一般人を救えたんだ。結果オーライとしよう」
「おぅっと!」
日登美荘が近くなったところでアイベリーが引っ込んだ。歩いている綾乃の姿を見つけたからだ。
「あら、お帰りなさい」
はにかんだ綾乃だが、日之本と同じように疲れた顔をしていた。日之本は綾乃が人と会う約束があると言っていたことを思い出し、そのせいかもしれないと思った。もちろん詮索はしなかった。代わりに日中つきあってもらった礼を言った。他に話題が思い浮かばず、ふたりはしばらく無言で歩いた。そんな多少の気まずさを感じつつ、日登美荘に着いて。敷地に入ろうとしたとき、
「発見しました!」
「むぉ、あそこか!」
後ろから頓狂な声が聞こえた。
「あら?」
綾乃が振り向いて怪訝そうな顔をした。日之本が視線の先を追うと日登美荘の植え込みの影から顔を出して、日之本たちの様子を窺っているまほとしもべの姿が見えた。彼女らが首尾良く日之本を見つけたところであった。
「あれ? 君はさっきの女の娘……」
「しまった……見つかってしまったのじゃ!」
まほが飛び上がる。
「あれあれ……こっそり素行調査をしようとしたところ……残念でした」
嘆いたまほは、日之本を見て頬を染める。
「見つかってしまった以上、ストーキング作戦はきっぱりと諦めることとしよう。それにここがあの者の住みかであるらしい。本拠地を突き止めることができたのは収穫じゃ」
そもそもまほは先ほどの礼すら言っていない。このままストーカーであり続けると、そのチャンスはやってこない。礼のひとつも言えないというのでは、エレガントを自負する女の沽券にかかわるではないか。
「では、いかように?」
「もちろん正面突破じゃ!」
あっさりと方針を転換したまほは、勢いをつけて日之本目がけて走り出す。そして途中で足をもつれさせて転び、勢いよく日之本にタックルした。
「わわわ!」
「ちょっ、何!?」
日之本は慌ててまほを受け止めた。
「わ、ま、またも……またも助けてもらったのじゃ! しかも、だだだ、抱きしめられておる!?」
まほは日之本の腕の中で顔を赤らめた。
「なんと大胆な振る舞い……確かにまほ様の言うとおり、あの者はまほ様にただならぬ好意を抱いておるのは間違いありません」
しもべは一気に心の距離を縮めたと見てとり、楽しそうにうなずいた。
「さ、さっきは危ういところを救っていただき、かかか、かたじけない。そなたは命の恩人なのじゃ!」
「え? そんな大げさな……って、なんのこと?」
「そ、その奥ゆかしいところも……まさにエレガントの極み!」
「あの……君は……」
「わらわはシャ……」
「お待ちを、ひめ……いえ、まほ様」
咄嗟にしもべが口を挟んだ。うっかり本名を名乗りそうになったまほを制止したのだ。
「それはまだ早いです」
「そ、そうか。そうであろうな。このような場合にはもろもろ手続きがあるものじゃ。いや、わらわはまほと申す! 麻穂沢まほ、じゃ」
「え。まほ……ちゃん……?」
「ろくに言葉もかわすことすらできなんだわらわの非礼をお許し願いたい」
「あ。えと。許すも何も……なんのことだか……」
「どうかこのとおりである。先ほどは突然のことにて、心の準備ができておらなんだ……そこでこのとおりお願いするのじゃ」
まほは瞳を潤ませ日之本を見つめる。直情径行、猪突猛進。彼女の最終奥義でもある。
「よくわからないけれど……さっきのことかな。だったら、もうすんだことだから気にしなくていいよ」
「おお! お許しいただけるか!」
まほは喜色満面で日之本を見つめた。
「さすがは、まほ様。ぐんと距離を縮めることに成功。では、次はしもべが距離を縮める番!」
そして、しもべも続けて疾足を見せ、正面からゾンビのように日之本に飛びかかった。
「うわぁ!?」
強烈な体当たりで日之本は3メートルほども跳ね飛ばされ、後ろ向きに倒れ込んだ。日之本の上にまほとしもべが乗っている。しもべは、まほと日之本とを合わせてぎゅっと抱きしめた。
「これで距離の縮まった……麻穂沢しもべ……です」
「あぐっ、し、しもべ……さん? はぁ……」
「そう、わらわの……そうそう、姉である。ところで、そなたはここで暮らしておるのじゃな?」
衝撃と混乱でうまく会話ができない日之本にまほが矢継ぎ早に訊く。
「う、うん、そうだけど……」
「ならば、話は早い。わらわもここで暮らすことにするのじゃ!」
「は、はあ!?」
「しばらく滞在する宿を探す必要もあったからの。丁度よい」
「はあ?」
日之本には話の流れがさっぱりわからず、なんとなく綾乃の方を見た。
「ま、まあ……まだ空き室はありますけれど……」
綾乃がおずおずと割り込んだ。たった今、目の当たりにした一連の出来事に対して、自分がどう関わったものか、そもそも関わるべきかどうか、立場をはかりかねていたところであった。
「おお、なんという巡り合わせか。我らふたり、その部屋に住まわせてもらおうぞ。これから、よろしく頼むのじゃ!」
「では、よろしくです」
「は、はあ……よろしくお願いします」
満面の笑みを浮かべるまほにつられ、綾乃も引きつった笑顔を見せた。
「それはいいから……あの……どいてくれないかな」
日之本は咳き込んだ。
ポケットからこっそり顔を出したアイベリーは
「なんじゃ、そりゃ」
とつぶやくと、とてもおもしろそうにキシシと笑った。
こうして、日登美荘にやっかいな住人が増えたのだった。