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ゲームライフ・ゲーム

亜麻矢幹のエンタメコンテンツ

人世一夜の日登美荘
第3話
究極で至高な食糧問題 [#2]


 町枝駅に向かう道すがらアイベリーは飛び出して腕を組んだ。
「あのアパートって、そういう所なのかな?」
「そういう所?」
 日之本は自動販売機で買った缶コーヒーを口にしながら聞き返す。
「ほら、よく言うじゃない。類は友は呼ぶってやつ。だから、変人ばっかり集まる場所なのかなって思ったわけ」
「失礼なことを言うなよ。どうせなら……個性的な人たちって言ったらどうだ」
「言い方変えたところで本質は変わらないよ。アイの辞書では同じ意味の言語として登録されてる」
「『変人』っていうのには、大家さんも含まれてるのか?」
「そうじゃないかな?」
「それはおかしいだろう」
「そうだよね、おもしろいよねー」
 こいつには通じないんだよな――ため息をつく日之本である。類は友? 失礼ではないか。あの住人たちのどこを見ればそういう発言が出るのか。特に綾乃は。
「もうひとつ。その変人『ばかり』の中に俺も含まれてるか」
「もちろんだよ」
「おかしいだろう」
「うん、そうなんだ。アイもアンタはおかしいと思ってるもの」
「おまえ、俺のこと、そんなふうに思ってたわけか」
「知らなかった?」
「知らなかったな」
「無知だねぇ」
「おかげさまでな」
「お褒めにあずかり恐縮だけど、もう少し急いだ方がよくない?」
 時間の余裕がないことをアイベリーが教えてくれた。日之本はコーヒーを一気に飲み干して早足で歩き出した。
「どーよ。アイって役に立つでしょ」
「そうだな。助かるよ」
「ほんと、まともなのはアイだけだよねぇ」
 ツッコむとキリがない。消費するパワーは、足の筋肉を動かす方に回そう。こうやってさまざまな挫折の繰り返しを経験することが大人になるという証明かもしれない。コーヒーを飲み干し、日之本は足を速めた。

 * * *

 午後3時も回った頃、腹が情けない悲鳴を上げる。日之本はふらふらしながらキャンパスを後にした。それというのも、よろしくない事情がいくつか重なったため、この日、食事ができなかったからだ。一番の問題は財布を部屋に置き忘れてしまったことである。かろうじてポケットに入っていた小銭は実は朝の段階で二百十八円だった。それだけあれば、コンビニでおにぎりでもパンでもカップラーメンでも買えたし、学食を利用するならみそ汁つきの卵かけごはんくらいは食べることができた。しかし、油断していた日之本は行きがけに自動販売機で缶コーヒーを買ってしまった。実に所持金の半分以上を費やしてしまったため、後の選択の余地はいっさいなくなっていた。知り合いに金を借りようかとも思ったが、たまたま今日は会えなかった。摂取したのは缶コーヒーと先ほど休憩時に飲んだ水道水だけ。ひもじい思いをして当然だ。
「そういやテーブルの上に財布が置いてあったね」
「わかってたんなら教えてくれよ」
「アイに頼らず独立独歩の精神を育もう。大事なのは危機管理」
「さんざん自分は役に立つって主張してただろうが」
「ほらほら、しっかり歩け。背中がすすけてるぞ」
 アイベリーはけらけらと笑った。
「おまえはいいよな。腹が減るなんて感覚はないわけだろ」
「何をばかなことを言ってるかな。アイだってバッテリーがしょっちゅうなくなるよ!」
 アイベリーが心外だという顔をする。言われてみればそうかもしれない。クールフォンにとってのバッテリーは人間でいうところの食事だ。ストーブのごはんは灯油だし、車の食事はガソリン補給だ。
「失礼しちゃうね。有機体だけがつらいわけじゃないんだよ。それにアンタだって、よくアイのバッテリー充電するの忘れるでしょう。おかげでいつもアイは、ひもじ〜ひもじ〜って、プルプルしちゃいっぱなしなワケ」
「そうやって無駄に振動してるからバッテリーの減りが早まるんだと思う」
「相手にしてもらえないから、身体がうずいちゃって〜」
 日之本は手のひらをアイベリーの頭に当てて、クールフォンに押し込める。
「おわわ! わーん、またかー!」
 日之本の手の下でじたばたと暴れるアイベリー。
「はしたない言葉を使うんじゃありません」
「やめてー、やめてー! アイに変なプレーしないでー!」
「だから、それをやめろと言っているんだ。どこで、そんな言葉、学習したんだよ」
「ネットにつなげば情報なんてごろごろしてるでしょ!? 情報管理はアイの得意技! アイはどんなセキュリティだって突破する事ができるんだからね!」
 日之本は指を放して不穏な発言を続けるアイベリーを解放したが、余計なことに気を回したくなかったのでそのままクールフォンをポケットにしまい込んだ。
「むぴゃーん。いい加減にしなさいよー!」
 今、手元に金があれば、こんなに苦労はしていない。彼は関連づけてもうひとつ思うところがあった。自力で生活費を確保する必要があるのだ。両親からの援助はここ半年ほどなく、彼はわずかな貯金を切り崩して生活している。もちろん正義の味方の活動をしながらである。この先のことを想像すると、ふつふつと危機感が湧くのだった。そんなことを考えていたせいもあり、町枝駅の改札を通り抜けた頃には、幸か不幸か空腹の感覚は麻痺しつつあった。今のうちに部屋に戻りたい。日之本の部屋にはまだ炊事用具もそろっておらず、食材の備蓄も完璧ではない。結局、外食するにしろ炊事をするにしろ、財布を手にして外に出なければならず、食事にありつくまでには時間がかかるのだ。



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