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ゲームライフ・ゲーム

亜麻矢幹のエンタメコンテンツ

人世一夜の日登美荘
第3話
究極で至高な食糧問題 [#4]


 しかし、すぐにしもべを発見した。バス通り沿いのスーパー「南和」の前を通りかかったとき、そのガラスの向こうで買い物をしようとしているしもべが見えた。だが、しもべはため息にも似た唸り声をあげ、しゃがみ込んで身体を震わせていた。通路に4個の買い物かごを置き、その中に大量の食材を詰め込んでいた。そして、かごの中のキャベツとトマトを手に取って何か懸命に比較しているかと思えば、カレーのルゥと刺身のパックを持って頭を抱える。量が多くて持ち運びもうまくできず、何やら難儀している様子なのは明らかだった。
 遠巻きに見ていた周りの客と店員が、目が合いそうになるとすかさず何も見なかった振りをしてしまう程度に目立っていた。日之本は店に入るとしもべに近寄って呼びかけた。
「しもべさん」
「おー、日之本うじ
 しもべはゆっくりと顔を上げるとにこやかに応えた。とても困っている様子には見えないいい表情だ。
「まほちゃんが探してましたよ」
「まほ様が? それは、しまったです」
 しもべは目を大きく見開いてつぶやいた。
「そうです、しもべがちょっと目を離した隙にはぐれてしまったのです。でも」
 しもべは一旦言葉を切って優しく微笑む。
「まほ様はしっかりしているから……このたびはきっと平気とふんでいます」
 どちらがはぐれたのか、まほとの意見の相違については日之本は何も言わなかった。まほも変わっているが、しもべはそれ以上である。妹に心配されるのも道理である。
「で……何をしてるんですか」
 目の前のこの大量の食材と、空腹とが密接な関係にあることは間違いないと思ったが、ひとまず訊いてみることにした。
「ごはんがないのは……大変です」
「大変……ですよね。それは、はい、わかります」
「昨日のどっかんどっかんのせいで、しもべは、今朝、とてもおなかがすいてました。だから……たくさん溜めておこうと思ったのです」
「……なるほど……?」
 日之本は改めてかごの中を覗いてみる。各種野菜、海鮮、精肉……大家族の買い物状態である。しかし、弁当やパンなどのようにすぐ食すことができるものはひとつもなく、全て調理を必要とする素材食品であり、さらに生物なまものが大半を占める。
「これは多すぎませんか?」
「多い……ですか?」
「まほちゃんとふたり分が必要だとしても、一度にこれだけ仕入れるのは……そういえば、部屋に冷蔵庫はあります?」
「冷蔵庫?」
 しもべはきょとんとして聞き返した。
「……なさそうですね」
「はい、なさそうです」
 しもべは黙り込んだ。眉根をきゅっと寄せている。
「……なるほど」
 しばらくして、真剣な表情でうなずきながら語り始める。
「そうなのです。こんなにたくさんどうすれば持って帰れるか……とても困っていたところでした。では、少なくするのがよいですか」
「それがいいですね」
 日之本が答えると、しもべは名残惜しそうにかごの中の品物を見渡した。
「とても……残念。でも、どれを減らせばいいのでしょう。しもべが食べておいしかったものを手に取ったら……たくさんになっています」
 そしてまた主体性のないセリフを口にする。理由もである。
「どれを持って帰ればいいのでしょう、どれを食べればいいのでしょう。みゃー。しもべは、どうすればよいのでしょう」
 しもべは食材を前にまた唸り始めた。確かに、誰しも空腹の時はどんな食べ物を見ても『それこそ我が胃袋の欲するものなり』と思うものだが、それにしてもこれは極端だ。特に今晩は歓迎会を予定している。取り急ぎ、こんなにたくさん買わなくてもよいはずである。日之本はしもべにそう告げた
「さようでありますか! それはとてもうれしいことです。お忍びであるのに、そのように歓迎されることになろうとは……さすがはまほ様」
「なんですって?」
「いえいえ」
 しもべはぶんぶんと首を振った。後半は独り言に近くぼそぼそとしていて、日之本にはよく聞こえなかった。
「では……ご忠告どおり、ごはん調達は取り止めとします♪」
 それでふたりは手分けしてかごの中の食材を売り場に戻すことにした。
「日之本うじ
 レタスを手に取ったしもべが、動きを止めて振り向いた。
「何です?」
「日之本うじは、しもべにとても重大な事を教えてくれました。まほ様の事、ごはんの事、パーティーの事」
 神妙な面持ちで大切な想いを告げるかのように、一言一言に感情を込める。
「ひとつでもすごいのに3つもです。ありがとうなのです」
「いえ……どういたしまして」
 しもべはぺこりと頭を下げた。つられて日之本も返したが、内心、やはり大げさだと思うのだった。日之本は苦笑しながら、魚のコーナーに切り身を戻しに向かった。
「さすが、まほ様が選んだお方」
 しもべはぽそりとつぶやくと、レタスの玉を棚に戻した。

 * * *

 結局ふたりは何も買わずに店の外に出た。それこそが正しかった。しもべは無一文であったのに買い物をするつもりだったのだ。ふたりの経済力は合わせて100円にも満たない。そのまま買い物を続けていたら、物量からして「国民的に有名な愉快な主婦」どころの騒ぎではなくなっていただろう。
「お金を持ってなかったら買い物なんてできないじゃないですか」
「考えてみればその通りかもしれません」
「かも、じゃなくて、その通り、でしょうに」
 しもべに悪気はない。もともと彼女の正体は小さな四足獣であり、荷物を持ち歩くこと自体を煩わしく思っていたという一面も影響している。しかし、このときは単に失念していただけだった。
「よくドラマなんかではお忍びのお姫様が、お金の使い方を知らなかったりしますけどね」
 日之本は多少呆れ気味につぶやいた。ただ思いついたことを口にしただけだったが、しもべはびくりとした。
「いえ……まほ様は……知っています、お金の使い方を」
「ん?」
「いえいえ」
 しもべはすぐにごまかした。そのとき、きゅーっとしもべのお腹が鳴った。つられて、日之本の腹もぐーっと鳴った。
「そうですか、日之本うじも……ひもじい仲間でしたか」
 いやな仲間だが、当面どうにもならない。ふたりは揺れながら歩みを共にした。




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