人世一夜の日登美荘
第3話
究極で至高な食糧問題 [#5]
バス通りから奥の裏路地に入ったところで、同じくふらふらしているまほと出くわした。まほは走り寄ってきて、ため息をついた。
「むぉっ、やっと発見したぞよ。いきなりいなくなっておったから心配したではないか」
「ごはんを手に入れようとしたのです」
「きっとそんなことではないかと思った。だが、それはよくない選択であったぞ。これからパーティーがあるのじゃからな」
順序が違うな、と日之本は思ったが口にはしなかった。
「とにかくしもべを見つけてくれて助かったぞ」
「いや、偶然だから」
しもべはこくこくとうなずく。
「それだけではありません。日之本氏はしもべを助けてくれました。日之本氏がいなかったら、しもべは、すごくすごく危険なところでした。そして、しもべはたくさん賢くなりました。みんな、日之本氏が恩人であるがゆえなです」
「むぉっ、そうであったか! まこと何もかも日之本殿のおかげであるのじゃな! さすがはわらわの……」
そこでまたまほの腹がくー、くーと鳴った。まほはもはやおなかを押さえようともしなかった。
「にゃはは、悩み事が解決したら、途端におなかがすいてきたのじゃ」
「しもべも腹ぺこで大変です……だから、ごはんパーティーです」
「そうである。これで心おきなく食事ができるというものじゃ」
事態は収束に近づいていた。日之本によく理解できない内容も混ざっていたが。
しかし、そのときである。日之本のクールフォンが振動した。アイベリーだ。日之本はまほとしもべに「ちょっとごめん」と言い置いてクールフォンの通話ボタンを押した。アイベリーは慌てていた。
「大変、大変! 来てるんだよ! オメガクリスタル反応!」
「何!?」
つい日之本も大声を出してしまい、目前のふたりが訝しげに日之本を見たので、急いで背を向け、また声を潜める。
「あーと……で、どこだって?」
「すーぐ、そこだよぉ!」
バス通りの一際太い十字路の角に人が群がっている一画があった。そのほとんどが女性である。そして、人影に混じってクリーナーの戦闘員が見えた。人だかりの奥にはいくつかの長机が置かれていて、近くにのぼりが立っていた。
【ダイエット食材キャンペーン実施中! 抜群の激やせ効果!】
路上販売のようである。女性が群がっていたのも、その魔法の言葉に引き寄せられたためであった。
「ダイエットって、何を売ってるの?」
「イー!」
「え〜、本当に効くのかな〜?」
「イー!」
冷やかしのふりをしつつもどことなく真剣な目で商品を見つめ、戦闘員たちと談笑している女性たち。しかし、その目が獲物を狙う肉食獣のようにギラついている感じがして、日之本は少しだけ怖くなった。
「ふうふう、遅くなりました」
その人だかりに息を切らせながらシャイニング・レディが走り寄った。戦闘員たちはすぐさま抗議した。
「イー!」
「っ……今日はたまたまです」
「イー!」
「たまたまだと言っているではないですか!」
「イー!」
「その、つまり……夕方の献立のことを考えていたら時間がかかってしまって」
「イ、イー?」
「そんな事より悪の活動です! 昨日、邪魔が入った分、しっかり働きましょう!」
戦闘員たちはがっくりと肩を落とした。この上司はいつも作戦開始時間に遅れて到着する。指揮能力は高く人柄もよいのだが、これさえなければ、と思う戦闘員たちである。
「さあ、まずはお客様に商品の説明をしなければ!」
シャイニング・レディが一歩前に出て声を張った。
「効果を知りたいとおっしゃるお客様のために証拠をお見せいたしましょう! 来なさい! サンプル戦闘員!」
すると、シャイニング・レディの脇からとても細い戦闘員が歩いてきた。ぴったりフィットしているスーツにはあばら骨の形が浮き出ていた。頭部がすっぽり覆われているため直接顔を見ることはできないが、頬もこけているようだ。
「イー」
「その人がどうしたの?」
別の戦闘員が脇から戦闘員の等身大パネルを持ってきた。でっぷりして、いかにもメタボの典型といった体形。
「ご覧ください! ここにいる戦闘員、実はこのパネルのように体重100キロを楽々キープの日々を送っていました! ですが、なんと、たったの1週間でこの有様に、大・変・貌! スマート・ゲットなのです!」
周囲から感嘆の声が上がる。まぁ、本当なの? なんて事でしょう!
「みなさん、彼がいったい1週間で何をしたのかが気になるのではないでしょうか? 実は、彼は何も特別な事はしていないのです。ただ」
シャイニング・レディは声を潜めた。集まった女性たちもぐっと身を乗り出した。
「ただ、1週間、弊社の提唱する『究極のダイエットメニュー』で過ごしただけなのです!」
聴衆はどよめいた。究極のダイエットメニューとは!?
シャイニング・レディは机の上にあったペットボトルを手に取り、ネコ型のロボットのように高々と掲げた。
「これこそが我が社の新製品『ノンカロリー・ウォーター』! このサンプル戦闘員は、この『ノンカロリー・ウォーター』のみで1週間を過ごしたのです!」
「ええ!? たったそれだけなの!?」
随分と恰幅のよろしい奥様がずいっと前に出た。シャイニング・レディは彼女の目を見てうなずく。
「そう、彼がしたことはただそれだけ。その他はいつもとなんら変わらない生活を送りました。これを常用すれば、どんな方でも絶対にやせることができるのです」
シャイニング・レディが力強く語ると、女性陣がざわめき始めた。
「まあ! 普段と同じでこんなにやせられるの!?」
「ノンカロリー! カロリーがないということよね」
「すごい、なんて画期的な商品!」
「欲しい、それが欲しいわ、今度こそ成功したいのよ」
そして、ほんの数十秒で、女性陣は販売担当戦闘員目がけて我先にと押しかけた。
「イー!?」
「きゃっ、お、押さないでください。商品はたくさんありますから! 戦闘員たちの指示に従ってください!」
戦闘員たちは急いで列整理を始めた。
そこまでの流れを見ていた日之本は、先だって綾乃が言っていた新しいダイエット食品とはこれかと思い当たった。しかしである。一見、まっとうな商売をしているように見えるが、悪の組織がからんでいる以上、きっととんでもない悪事を働いているはずだとふんだ。根拠は全くないが彼は確信した。
「日之本殿、どうしたのじゃ?」
気がつくとまほがきょとんとして日之本の顔を覗き込んでいた。しもべも同じように中腰になってまほに倣う。
「あ、いや、なんでも……」
「では、日登美荘に帰ってパーティーを心待ちにしようではないか」
まほが日之本の腕にからみつき、しもべも服の腕をつかんでキュキュッと引っ張った。だが、日之本も帰りたいのはやまやまだが、目前の悪事を見過ごすこともできない。とはいえ、まほとしもべの前での変身はできない。その正体はいつまでもどこまでも秘密なのだ。どうにか独りになる必要がある。
「まほちゃん、ごめん。実は……俺、急用ができちゃったんだ」
「何? 用事とな? それはなんじゃ?」
「えっ、それは……そこのダイエット食材キャンペーンの……あ、えーと」
「むぉ? 意外であるな、日之本殿がダイエットに興味があるとは」
「う、うん。そうじゃないけどそうなんだ。だから、先に戻っていてよ」
苦し紛れに日之本が言ったとき、しもべが口を大きく開け、まほの肩をつついた。
「まほ様」
「なんじゃ?」
「あの人たち」
「むぉ!? あそこにおるのは、この前の無礼者の片割れではないか!」
しもべが指さした先では、シャイニング・レディがペットボトルを持って堂々と胸を張っていた。
「むぉっ、むぉっ、むぉぉ!!」
たちまち、まほの顔が引きつっていく。手をぎゅぅっと握りしめ、ぶるぶると小刻みに震えさせている。
「このようなときにこのような所で再び相まみえようとは夢にも思わなんだ。よかろう、よい機会じゃ。わらわへの非礼に対する罪をあがなわせてくれよう!」
「100万倍にしてご返却ですね」
「すまぬ、日之本殿! わらわは用事ができてしまった。また後ほど会おうではないか!」
まほは日之本に向き直って高らかに言い放った。
「え、あぁ、そうなんだ」
「ゆくぞ、しもべ! お仕置きタイムじゃ!」
「はい、まほ様っ」
言うが早いかふたりは駆けていった。なんなんだ、と思った日之本だが、結果オーライである。これで変身できる。日之本は近くの建物の隙間に潜り込み、デイパックからジャスティス・スーツを取り出した。
「常着! ジャスティス!」