人世一夜の日登美荘
第3話
究極で至高な食糧問題 [#9]
日之本は着替え終えて言葉少なに家路を急ぐ。さすがに疲れ果てていた。腹の虫がぐうぐうとすごい勢いで鳴きまくっている。
「おなか、ぐるぐるだぁね。その音聞いてたらアイもばっちりおなかすいてきたからスリープする。充電満タンよろしくね〜」
アイベリーも引っ込んだとき、大きなビニール袋を提げた綾乃が歩いてくるのが見えた。声をかけると優しく微笑んだ綾乃だったが、心なしか疲れていそうな様相を呈していた。
「どうしたんですか? 顔が引きつってますよ?」
「あ、いえ……なんでも……ないんです」
綾乃は途切れ途切れに言った。日之本は綾乃が持っていたビニール袋を手に取った。綾乃が「あ」と小さく声を漏らす。ずっしりした重量。きっと歓迎会のための荷物だ。こんなにたくさん荷物を持てば疲れるに決まっている。
「やっぱり重たいじゃないですか。荷物持ちくらいだったら、いつでもしますよ。遠慮しなくていいですからね」
日之本が言うと、綾乃は日之本の顔を見つめてはにかんだ。
「じゃ……今度は、ぜひ」
綾乃がつぶやいたところに低い唸り声が響いた。互いに支え合いながら、よろよろと歩いてきたのは、まほとしもべである。疲労困憊どころか瀕死といった様相だった。
「むぉ、日之本殿、園川殿……ただいまなのじゃ。ひどい目に遭った……しかし、それにも増して大変なのは……この空腹感じゃな」
「みゅ、ひもじい……です。倒れそう……です」
「そんなふたりに朗報があるよ」
日之本が手に持った袋を見せると、まほとしもべの腹が同時に鳴った。
「おお!」
「ごはんパーティー!」
続けて日之本の腹も反応する。訳ありの3人が今日はまだ何も食べていないことを知らない綾乃は、しばらくきょとんとしていたが、くすりと笑った。
「じゃ、ぱっぱといっときましょーか!」
* * *
「では、日之本さんとまほちゃんとしもべさんの入居を祝して、乾杯」
「か、乾杯」
「むぉ、か、乾杯となっ」
「か、かん……ぱい、で……」
その後、陽が沈む頃、みんなが日之本の部屋に集まった。綾乃が調理器具を持ち込み、腹ぺこの3人のために、ひとまずお手軽料理を用意することにした。綾乃が乾杯の音頭を取り、他の3人はコップのオレンジジュースを一気に飲み干すと、小さなテーブルの上に並んだ料理を勢いよく口に詰め込み始めた。焼きおにぎり、グラタン、唐揚げ、フライドポテト……あっという間に皿が空になっていく。綾乃以外はそろって1日1食。奇しくも『至高のダイエットメニュー』で過ごしてしまったことになる。まほとしもべは料理を頬張りながらも、綾乃への賛辞を忘れない。
「はむむ、園川殿っ、とても……むぐむぐ……素晴らしい仕事であるぞ!」
「ぱくんっ……なんと美味……ぱくぱくんっ……ごはん」
「えーと……ただ冷凍食品を温めただけなんですけど……みなさん倒れそうでしたから時間のかからないものをと思って……」
「いえ、ものすごいごちそうです。本当、腹に染み入ります」
日之本もやっと人心地ついた。
「そういえば、まほちゃん、契約の方はどうなったの?」
そもそもまほとしもべの空腹は、そこに端を発しているのだった。
「むぉ、すまぬ、いろいろ考えて対策も思いついたし、手回しもできたのじゃが、今はちょっと手が離せぬ」
「はい、このたこ焼きを片づけるので忙しいのです……」
「あはは……後でいいですよ。今はおなかを満たしてください」
「すまぬのぉ、すまぬのぉ」
「張り切って、いただいているのです……むぐぐ」
ふたりはぺこぺこと謝りながら指を舐める。元気よく食事をするまほたちを見ながら、綾乃は小さくつぶやいた。
「やっぱり、たくさん食べてくれる方がいいかな」
日之本の耳にそれが届いた。
「そうですね。みんなで食べると楽しいです」
綾乃はさらに小さく吐息を漏らし、また微笑んだ。
「……そっか」
どことなく安堵に近かった。理由はわからなかったが、綾乃が満足していそうだったので日之本はそれでいいと思った。
そして、ベッドの脇のサイドテーブルに置かれたクールフォンからアイベリーがひょっこりと顔を出した。
「なごんでるのはいいんだけどさー、アイもおなかすいてるわけよ。早く充電してほちー」
がっくりしてつぶやいたのだった。