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ゲームライフ・ゲーム

亜麻矢幹のエンタメコンテンツ

人世一夜の日登美荘
第4話
分別ふんべつなき分別ぶんべつ [#2]


「日之本殿、おっは、よう、なのじゃあ」
 アパートの外に出ると、愛くるしいが重々しいまほの声が聞こえてきた。まほはパンパンに膨らんだゴミ袋を背負うようにしてよたよたと歩いていた。
「おはよう……そのゴミ、すごいね」
「むぉ、それがのぉ、これだけではないのじゃ」
「おはよう……です」
 続けてしもべがよたよたと歩いてきた。こちらは大きなゴミ袋を4つ持って、ずるずると地面を引きずっていた。
「おはようございます……って……そんなに?」
「こんなに」
 こくりとうなずくしもべ。
「どうしてこんなにいっぱい溜まってしまったのか、わらわにもよくわからぬ」
「重たい……です」
 量は日之本の10倍以上だ。ふたりも日之本とほぼ同じ時期の入居であることを考えると、やはり多い。
「むぉ、とにかく捨てに行くのじゃ」
「捨てる……です」
「えーと……手伝うよ」
 日之本たちは3人そろってゴミ置き場に向かった。カラスけのネットを上げて袋を積む。
「これでよしと」
「むぉ、これでよしと」
「これで……よし……と」
 ただゴミを捨てただけなのだが、3人は一仕事終えた満足感を得た。しかし、改めて集積所を見てみるとすごい量のゴミ袋が置いてあった。
 そこに綾乃が歩いてきて、3人は挨拶を交わした。
「みなさんもゴミ捨てですね。今日を逃したら来週まで収集ないですもんね」
 にっこり笑った綾乃は、つつましやかに小さな袋を集積所に置いた。日之本たちが出したゴミとは規模が違う。きちんとこまめに捨てているのだろう。
「でも、もしかしたら……このままかもしれませんけれど」
 綾乃が妙なことを言う。どういうことか聞くと綾乃は口をすぼめた。
「実は、今週、ゴミ回収が来てないんです。そこにあるのもみんな今週のゴミですし」
「え、ここにあるゴミ全部ですか?」
「うーむ、道理でいっぱいあると思ったのじゃ。いったいどうしたのじゃ?」
「さあ……なんででしょうか」
 ゴミが回収されない。日之本はそんな事あるのだろうかと思ったが、よくよく考えてみれば自分以外の誰かがやっている事。いつも当たり前だと思いがちだが、何かの拍子で世の中のシステムが機能しなくなることだってもちろんありうるのだ。
「回収に来てくれないと困るよなぁ。今はいいけど、これが夏場だったらと思うとぞっとするな」
「夏は……いけないのですか?」
 しもべが小首を傾げた。
「そりゃ」と日之本が腕を組む。「あんなものやらこんなものやらがことごとくドロドロになって、ものすごい匂いを放つと思うし」
「ことごとくドロドロ!」
「ものすごい匂い」
 まほとしもべが目を見開く。
「うむむ……想像するだにぞわぞわな感じであるのぉ」
「いやいやいや。想像を遙かに超えてると思うよ」
「想像を遙かに超えると!?」
「そう。あの手のモノは実にとんでもないんだ」
 日之本は天を仰いだ。
「鼻にツーンと来る酸っぱい匂い。目に染みる腐臭。ゴミ袋の下の方がブヨブヨしだして、ほんのわずかに空いた穴から、茶色い汁が漏れてごぼりと溢れ出し、辺り一面を汚染する」
「ひぃぃ、そ、それはいかん!」
 想像に耐えられなくなってまほは叫んだ。
「例えゴミとはいえ、わらわの捨てたものがそんなドロドロだのブヨブヨだの茶色い汁だのになってしまうとは……なんとおぞましい! それは……エレガントではない!」
「いけません……調べてみましょう」
 おろおろしながら、しもべが今捨てたゴミ袋を拾って口を開け、中身を確認し始めた。
「この、お魚の骨は大変ですか?」
「きっと大変じゃ!」
「このキャベツの芯は大変ですか?」
「おそらく大変じゃ!」
「しじみの貝殻は大変ですか?」
「絶対に絶対に大変じゃ!」
「という事は、ことごとく大変です」
「本当じゃ、一切合切、大変ではないか!」
 ふたりはゴミのひとつひとつをじっくり見ては大騒ぎし始めた。余計な事を言っただろうかと日之本が自分を責め始めたとき、
「日之本殿のゴミは大丈夫であるかの?」
 頭を抱えていたまほが振り向いて日之本の目を見つめた。
「春だし大丈夫だと思うよ。まあ、このまま放ったらかしになっちゃったら……確かにわかんないけどね」
 しもべがまほのそでをちょいちょいと引っ張る。
「わからない事をそのままにしておくのは、よくないのではと。予定が立っていないのであればなおさらです」
「むぉ!? 確かにそうであるな。ふむ。ならば仕方あるまいな」
 言うが早いか、まほは日之本のゴミ袋を開けて中を覗き始めた。
「ちょっ、ちょっと、何してんの」
「正直申すと、わらわとてこのような事はしたくない。じゃが、これはすべて日之本殿のため……そう思えば、ゴミを漁ることくらいなんともない、わらわとて、そのくらいの覚悟はできておる」
「愛のなせるわざでございます。ではしもべもお手伝いいたします」
 しもべも一緒になってゴミ袋を引っかき回し始めた。
「ま、待った、待った!」
「むぉ! ティッシュがいっぱいじゃな」
「わぁっ、違う、違うんだ!」
「違う?」
「……何がでしょう?」
「いや、だからっ……くっ」
 まほとしもべが聞き返すが、日之本は言葉に詰まった。
「はぁ」
 綾乃も隣で小首をかしげる。だが、それでよい。その状態が維持されることがよい。説明は不要なものである。
「まあよかろう。確認を続けるとしよう。それと、お弁当のパックと割り箸、ヨーグルトのカップ、絆創膏にコーラの空き缶に……これはボールペンであるか?」
「あ、日之本さん、それは、ぶぶーっ、です!」
 綾乃が口をきゅっととがらせながら、立てた人差し指を横に振る。
「空き缶と瓶はリサイクル、ボールペンは燃えないゴミ。混ざってるじゃないですか。きちんと分別ぶんべつをお願いします」
「あ、気をつけます」
 そう、分別ぶんべつは社会生活を営むためのルール。日之本はきちんと心に留め置く事にして、とりあえずゴミを仕分けた。
「むぉ、ドロドロだの分別ぶんべつだのと、つくづくやっかい事があるものじゃな」
 そこでまたしもべが、綾乃のゴミに目を向けていた。しもべは重々しくうなずくと、綾乃が捨てたゴミ袋に手を伸ばして、結び目をほどいて袋を開いた。
「園川殿のゴミは……平気ですか?」
「え、ええ!?」
「さすがに園川殿は平気であろう。この住いの親分なのじゃからな」
「ですが……万が一ということもあります」
「ふむ。ここまでゴミの脅威について聞かされてしまうと、気になってしまうのは確かじゃが」
「しもべが確認……菜っぱがあります。それとお魚の骨……身をきれいに食べた後」
 まほもひょいと覗き見る。
「むぉ! このティッシュペーパーはピンク色でかわいいのぉ」
「ほうれん草の根っこ……大根の尻尾……長ネギ」
「ふむ……なるほど、園川殿の髪はわらわのよりも長いのじゃな」
「卵の殻です。それと……ひ・き・わ・り・なっと……??」
「……む? この布は……」
「ちょ、ちょっとぉっ……!!」
 綾乃が慌ててしもべからゴミ袋を奪い取る。
「な、な、何をしてるんですか!」
「はい……分別ぶんべつです」
「大変なものが入っていないか見ておるだけではないか。何をそんなに慌てておるのじゃ? 見られて困るようなものでも入っておったかの?」
「そっ……それは……」
 今度は綾乃が言葉に詰まった。しばらく、口をパクパクさせていたが、一瞬、びくりと身体を震わせ、そーっと日之本の方を横目で見る。日之本は半ば唖然としてその一部始終を見ていた。
 日之本と目があった途端、綾乃は口元をギュッと結んでそっぽを向いた。
「ぅ」
「園川殿? どうしたのだ?」
「と、とにかく、私のゴミは大丈夫です! 大丈夫です! 大丈夫です!」
 綾乃は背を向け、慌ててゴミを再び袋の中に戻していった。
「うむ、園川殿がそこまで言うのであれば大丈夫なのであろうな」
「これは失礼いたしました」
「えーと……俺はそろそろ出かけます」
「い、いってらっしゃい」
 一切振り向かず、綾乃は応えた。
「じゃが、園川殿のゴミの出し方はエレガントであったな。わらわも見習わねばならぬ」
「確かに、あの……生ゴミならドロドロになる量が少ないと思われます」
「あーん、もう、やめてくださいーっ」



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