人世一夜の日登美荘
第4話
分別なき分別 [#4]
誤解とはなんのことだ。日之本がそう思ったとき、ポケットからアイベリーの声が聞こえた。
「誤解ってーのはなんのことだ、みたいな顔をしているね」
「なんだい」
「なんで俺の思ってることがわかるんだ、みたいな顔になったね」
「偉そうに」
「偉いもーん」
そう言うと、アイベリーは忙しなく顔を引っ込めた。まほとしもべの姿を見つけたからである。
「そこにいるのは日之本殿ではないかっ」
ふたりは日之本を見つけると歩み寄ってきた。両手に白く大きなビニール袋を持っていて非常に重たそうだが、ふたりともほくほく顔である。
「どうしたの? その荷物?」
「食料の買い出しじゃ」
「この前は大変だったのです。ですから、今日はたくさん買いました。日之本氏のおっしゃったとおり、生物を避けて保存の利くものを選びました」
しもべの持っている袋は缶詰やレトルトなどのたくさんの食材で埋め尽くされていた。そして、まほの袋の中はというと菓子がたくさん詰まっているのが見えた。
「すごいものであるな、人間界は。エレガントなお菓子がいっぱい置いてあるではないか」
まほが袋の中身を見せる。かりんとうや甘納豆、柿ピーにあたりめに酢昆布……非常においしそうだが、どちらかというとエレガントの対極の地味な米菓や珍味が詰まっていた。もっとも他人の趣味に口を挟むこともないと思い、日之本は黙っていた。
「今日はお金はあったんですね」
「まほ様が支払いをしました」
「うむ、万が一、刻魔界のカードが使えなかったらどうしたものかと思ったのだが、使えてよかったのじゃ」
「さすがはまほ様です」
「……えーと、よかったね」
日之本にはよくわからなかったが、とにかく今日は買い物解禁日という事でかまわないのだろう。3人は一緒に帰ることにした。日之本はまほが抱えていた袋を手に取った。予想通り、そこそこ重たい。
「手伝うよ。こんなにたくさん持ってたら大変でしょ」
「日之本殿……」
まほが熱い視線を送る。
「わらわもこんなにたくさんの袋を持つのは少々難儀と思っておったところ。正直、とても助かるのじゃ」
「さすがは日之本氏、ジェントルマンにふさわしい大きな度量の持ち主であります」
続けてしもべが持っていた袋をすべて日之本に手渡した。
「ごはんの確保はとてもうれしかったですが、こう重たいのはうれしくなかったです」
「は、はは……まかせてください」
まあ、これくらいは……男の子だから。同じ屋根の下に住むご近所さんのため、日之本は力を貸すことにした。
「でも、こんなにたくさん買うと、またゴミがたくさん出そうだね」
「平気です」しもべがキリッとした表情で断言する。「真剣に分別をします」
「うむうむ。エレガントにな」
肝心なのは物量であると日之本は言いたかったわけだが、荷物が重たかったので余計な体力を使うことは諦めた。
「しかし、どこを見てもゴミだらけじゃな。わらわたちがこちらに来た時、既に街並みは荒れておったが、ここまでひどくはなかった」
まほたちも街の景観は気になるようで、道中辺りを見渡しては眉をひそめた。そこに重ためのエンジン音が聞こえてきた。ごみ収集車だった。
「言ってるそばから回収に来たみたいだ」
「むぉ、これで街はきれいになるというわけじゃの。一件落着じゃな」
車は集積場の前で停止し、清掃業者の男性が降りると、山のように積んであるゴミ袋を次々と後部のプレス機構へと放り投げ始めた。近くの店の店員らしい男性が気づいて話しかけた。
「あ、やっと来たよ。今週、どうしたのさ」
「いやいやいや、すごい人手不足になっちゃったんですよ。担当がみんな、いなくなっちゃって」
またも人手不足と聞いて日之本はぴくりとした。やはりアルバイトの募集をしているかもしれない。大変そうだが、頑張れば結構な稼ぎになるのではないだろうか。しかし、小耳にしたところ、どうも想像を絶する人手不足のようだ。ということは……とんでもない激務となるかもしれない。
そんなことを考えているとクールフォンが振動した。アイベリーがカバーの間からこっそりと顔を覗かせていた。
「オメガクリスタル反応だよー!!」
びくりとして日之本は慌てて周囲を見渡した。すると、クリーナーの戦闘員が男性に走り寄っていく。
「イー!」
「ん? なんだ?」
「イー!」
「はあ? 何、言ってるんだ、回収するなって……そんなわけにはいかないの!」
「イー!」
「俺は忙しいんだ、邪魔しないでくれよ」
「イー!」
戦闘員たちが懸命に男性に交渉しているところに、今度はシャイニング・レディが駆けつけてきた。途端に戦闘員たちが抗議した。
「はぁ、はぁ……遅れてすみません」
「イー!」
「っ……ちょっと誤解を解くのに手間取ってしまって」
「イー?」
「いえ、いいんです。そんな事よりも首尾はどうなのですか」
「イー」
「なるほど、この方も仕事を放棄するつもりはないとおっしゃるのですね。では、お連れしなさい」
「イー!」
シャイニング・レディの一言で戦闘員たちが一斉に男性を取り囲み、両手足を押さえにかかった。
「やめろ、何をする、放せ!」
「本当にすみません。ですが、こうでもしないとゴミを集められてしまいますから」
「何っ、もしかして西村さんや田辺さん、三橋さんがいなくなったのも、おまえたちの仕業なのか!」
「具体的なお名前は存じ上げませんが、状況から察するに……その通りです!」
「なんてことするんだ。俺たちだって仕事なんだからな! うちの会社だって大変なんだぞ!」
「あ、ご安心ください。この件における、あなた方の損害は我が社で補償させていただきます。その旨、先ほど我が社から町枝市役所の方に声明を出しておきました。おっつけあなたの会社にも通達が行くと思います」
「え? えーと……それは」
「問題ありませんよね?」
「な、ない……のか? うーん……でも、なんでこんな事をするんだよ」
「今回の我々の任務はゴミ処理システムをパンクさせる事なのです。すると街が汚くなってスラム化しますよね。そうしたら人々の精神がだれて、荒れるじゃありませんか。それって、ほら、人々を支配する上でとっても有利な条件なんですよ!」
「なるほど。言われてみればそうかもしれない。どこもいろいろ考えてるんだなぁ」
「さて。では当面の任務、完了ですね」
シャイニング・レディは満足そうにうなずき、納得して抵抗をやめた男性を戦闘員たちが後ろ手に縛り上げる。
日之本はそのやり取りをやきもきしながら見ていた。最終的に業者と和気藹々と話をしているが、結局、悪事を働いていることは間違いないのである。
「どうしたのじゃ、日之本殿」
まほが不思議そうに訊ねた。
「ゴミを見ておったのか? 全て片付く算段がついたのじゃから、何も心配することはないであろう。早いところ帰ろうではないか!」
「ごはんたくさん食べて、ゴミたくさん出しに帰る……です」
「う、うーんと……」
日之本がどう返答するか迷っている間に男性は戦闘員に連れられて歩いていく。どうしたものか。まほとしもべがいる前で変身はできない。なんとかこの場をしのげないだろうか?
そのときしもべが戦闘員たちの姿に気がつき、こそこそとまほに話しかけた。
「まほ様……あれ」
「むぉ! この前の失礼な者どもではないか!」
たちまちまほは沸騰して鋭く叫んだ。
「わらわは用事ができてしまった! すまぬが日之本殿は先に戻っていてほしいのじゃ!」
「用事ができたのです! 戻っていてほしいのです!」
「ゆくぞ、しもべ! 今度こそ、あやつらにお仕置きじゃ!」
「はい、まほ様っ」
まほとしもべは走り去り、日之本がぽつんと取り残された。普通なら割と寂しい状況といえるだろうが、これで日之本も変身できる。結果オーライである。
「あっ!」
日之本は両手いっぱいにまほたちの荷物を持っていたことに気がついた。
「どうしよう、これ!?」