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ゲームライフ・ゲーム

亜麻矢幹のエンタメコンテンツ

人世一夜の日登美荘
第5話
Lead or Die [#4]


「こんなものかな」
 はたきで棚をパタパタ。出っ張っているコミックを棚に押し込む。売れてしまった分は在庫があるか調べて補充をしていく。棚の下の引き出しを開けて在庫を探すのだが……こうたくさん種類があるとなかなか大変だ。
「むぴゃ。こういう時はアナログな検索って大変だよね」
 ポケットの中からアイベリーの声がする。
「もう、おまえの相手はしないぞ。日之本君は仕事中だ」
 働き始めてすぐに店長に注意されているのだ。このままでは単なるバカ学生である。よろしくない。
「本をお探しであればアイがいい事教えてあげようかと思ったんだけど」
「いい事? なんだよ」
「そもそも検索なんて有機体には向かない機能なんだからね。ヒトに電気信号の差分を比較管理する器官がないのがいい証拠」
「小難しい事言ってないで、本題に入れ」
「うん、ほら、あっちの棚に、エッチな本がある!」
「そんな事言うためにわざわざ話しかけてきたのか、おまえは」
「きちんとわかってないと困るでしょ?」
「もういい加減黙ってろ。仕事中はしゃべっちゃダメ」
「あーい」
 やっとアイベリーは静かになった。汚名返上、今度こそバリバリ仕事をしようと思ったその時だ。またも邪魔が入った。麻穂沢姉妹がやってきたのだ。
「日之本殿か? どうしたのじゃ、このような所でそのような姿をして」
 珍客・・万来という言葉が頭に浮かんだ。苦笑しながら事情を説明するとまほは目を丸くした。
「なんと、日之本殿がアルバイト!? 素晴らしい、勉学のみならず勤労にも励むとは!」
 しかし、その直後にはっとして唸った。
「じゃが、わらわは、ここで日之本殿が働いているなどとはつゆ知らなかった。そうであれば、わらわに一言あってもよかったであろうに。なんといったか? そう、水くさいというやつであるな」
「なるほど、まほ様の言う事ももっともです。では、どうして黙っていたのか聞いておくのがよいかと」
 しもべが頭を振って詰め寄ってくる。
「隠してたわけじゃないんだけども……今日から働いてるんだよ」
「つまり、話す機会がなかったという事であるか。ならば仕方あるまい」
 まほは口を尖らせ、不承不承といったていではあったが納得した。
「ふうむ……日之本殿にふさわしい職場であるか、様子を見ようではないか」
「え?」
「こちらの書物……エレガントでないものも多分に置いてあるからの」
 ぽそっとつぶやいたまほは、目を細めつつそっと横を向き、店の端っこの方を見る。
しもべもにこやかにうなずく。
「日之本殿はかのような俗な物に毒されてはならぬぞ」
「朱に交われば赤くなるという言葉がありますが……ぜひ青い果実のままでいていただきたいということですね」
 日之本には彼女たちが何を言っているのかさっぱりわからなかったが、同意しておいた方が当たり障りがないだろうと判断した。
「うん……わかった」
「うむ、そうじゃな、日之本殿は平気であろうな。わらわにはわかっておったぞ」
「さすがまほ様です。日之本うじもです」
 ふたりがにこやかに笑い、日之本もその様子を見て流されてるなと思いつつ、一緒に笑った。
「とあれば、わらわは当初の目的を果たす。そう、エレガントの収集に励むこととする」
「しもべは今日のごはんの献立を収集します」
 鼻息荒く決意表明したふたりはそれぞれの欲求に従って店内の探索を始めた。ふたりの姿が本棚の影に隠れて見えなくなった途端、今にも泣き出しそうな顔をした小柴が走り寄ってきた。
「ひ、日之本君! 今の子たちと何を話していたんだい?」
「あ……なんというか、仕事を頑張ってほしいとエールをもらっただけでして……」
 日之本は慌てた。何しろ、昨日、早々に注意されたばかりだ。また注意されてしまうのか。返答はちょっとだけ言い訳じみていた。
「そ、そうかい? ああ、そうだよね、うん。頑張っておくれ」
 しかし、小柴はどことなくほっとした様子で事務所に戻っていった。もちろん日之本は昨日の騒動を知る由もなく、小柴の心中を察することはできなかった。



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