人世一夜の日登美荘
第5話
Lead or Die [#11]
「うわ、熱っ! 待て待て待て!」
「わはははは。黒焦げまでのカウントダウン開始じゃ。いやでも手を放してはならぬぞ、二言はあるまい?」
シャドーは邪姫丸をつかんだジャスティーダの手をぎゅっと握りしめた。
「いや、二言というか、お約束というか、定型文というか……」
ジャスティーダはおろおろして周囲を見渡し、シャイニング・レディに助けを求めた。
「あのー、ちょっと……その、手を貸してくれないかな」
「お断りします。あなた、私とも敵対してること、忘れてるんですか。迷惑な正義の味方」
冷たい目で見返すシャイニング・レディ。
「そう言わずに……ここはひとつ……なんとか!」
「恥も外聞も捨て去ってますね。前にも同じようなことがあったじゃないですか」
言われてジャスティーダは思い出した。シャドーと初めて遭遇したときのことだ。
「そういえば、そんなこともあったっけ。確かあのときは頭突きでやっつけたんだ」
「偶然でしたけどね」
「それでも、その事態が突破口となった。不本意だがやるか」
意を決したジャスティーダは邪姫丸に頭突きをしようとした。しかし、時既に遅し。目の前の炎は既にサッカーボールほどの大きさになっていた。
「いや、もう、熱くて近づけないって! どんな苦行だよ」
「知りませんよ、そんなこと」
「いいざまじゃな。そのまま邪姫丸の獄炎で黒焦げになるがよい!」
シャドーは邪姫丸を押し出し、火の球と熱気もジャスティーダの顔にじりじりと近づく。
「あ、熱っ、熱っ!」
咄嗟にジャスティーダは邪姫丸を押し返す。
「わはは、さあさあ、何を遠慮することがある? 骨も残さず燃えてしまえー!」
「なんて危険思想の持ち主なんだ!」
絶体絶命、ヒーロー大ピンチである。ならば、もうこれしか残されていない。ジャスティーダは邪姫丸をくすぐった。
「ぶみゃっ!?」
邪姫丸の身体がびくっと震え、炎の塊が派手に揺れ始めた。効果あり!
「ぶみゃ、ぶみゃみゃっ……」
「これが奥の手、必殺、ジャスティス・フィンガーアタックだー!」
ジャスティーダは両手の指を駆使し、一心不乱に邪姫丸をくすぐった。炎は時に強まり、時に弱まり、ジャスティーダの鼻先をあぶる。
「邪姫丸、炎が不安定じゃぞ!? 耐えるのじゃ!」
「ぶみゃ、ぶみゃっ! ひょんなこと言わへへもっ」
「やだろ? こんなことされるの! だったらその魔法をやめるんだ。諦めろ、中止中止、あちち、あちちちっ、お願い、もうやめてちょうだい、邪姫丸ちゃーん!」
場が混乱を極める中、邪姫丸はとうとう大声で笑ってしまった。
「みゃーひゃっひゃっひゃっ!」
その結果、魔法は暴発した。圧縮されていた高温の空気が周囲に飛び散った。さらに炎の塊がロケットのように勢いよく打ち上がり、天井にぶつかると破裂して、さながら流星のように即売会の列に並んでいる客たちの頭上に、テーブルに、本棚に、次々と降り注いだ。
「ぎゃー、なんだー!?」「あちっ、あちっ!」
テーブルが倒れて同人誌は飛び散り、戦闘員と近くの客も驚いて転ぶ。周りの本棚はあっという間に炎で包まれた。
「きゃっ、何!?」
「ああっ、本が、本が燃えてるーっ!」
小柴と冨永も恐慌に陥った客たちに巻き込まれ、身動きが取れなくなってしまった。さらに悪い事に、炎の塊は入り口そばのワゴンにも直撃した。今まさに出入り口から外に逃げようとしていた客たちは、突然炎上したワゴンに驚いて店内に逆戻りし、後続の客を突き飛ばす。その衝撃で本棚は倒れ、詰まっていた大量の本が落ちてきて通路をふさいでしまい、退路はなくなった。そして、本が燃え進むにつれ、店内に黒い煙が渦巻き始めた。
「うわぁぁぁ……!」「きゃーっ!」「イー! イー!」
もはや阿鼻叫喚である。ジャスティーダは呆然としつつ、邪姫丸から手を放して叫んだ。
「な、なんてことしやがんだよ!」
「わらわたちは何も悪くないぞ! そなたが邪姫丸を放さぬからいかんのではないか!」
「放すなって言ったのはおまえだろ!」
「ふわぁ、とても、くすぐったかったですみゃぁ」
そうこうしているうちに黒い煙が頭上を覆い始め、店内に急激に熱気が満ちてきた。さすがにジャスティーダとシャドーも言い争いをしている場合ではないと悟った。しかし、どう対処したものかうまく整理がつかない。そんな中、大きな声が響いた。
「みなさん、落ち着いて!」
シャイニング・レディだった。
「一番よくないのは慌てる事です! これから避難します。私たちの指示に従ってください!」
続けてシャイニング・レディは戦闘員たちに指示を出した。
「戦闘員たち! すべての民衆を1ヵ所に集めなさい! それと避難路の動線を確認して列整理! 動けない人のサポートも!」
「イ、イー!」
シャイニング・レディの鶴の一声で戦闘員たちは動転している客たちの誘導を始めた。ジャスティーダも我に返った。
「そうだな、今は避難が最優先だ」
「しかし、出口は火の海だ。どうすればいい?」
シャイニング・レディが続けて声を張る。
「シャドーさん! あなた、水を使う魔法は使えないのですか?」
「水!? お、おう、使えるぞよ、『狂乱のティアドロップ』という魔法がある」
「では、それをお願いします! 消火するのです」
「そうか、心得た。邪姫丸、やるぞ!」
「はい、『邪姫丸水鉄砲』、発動みゃ!」
さっそくシャドーがかまえて詠唱を始め、邪姫丸が大きく口を開ける。
「ジャスティーダ! 私たちはみんなを炎から守りますよ!」
「わ、わかった! パワーフィールド・オン!」
ジャスティーダは倒れる本棚を拳で弾き、シャイニング・レディは素早い蹴りでシャドーと客たちに襲いかかる炎を消し飛ばした。ほどなくしてシャドーは詠唱を終え、邪姫丸の口の前の魔法陣から激しい水流が噴き出た。
「出口の火を!」
シャイニング・レディの指示でシャドーは業火に包まれたワゴンに向けて放水する。一瞬、炎が弱まり、外への道が開けた。
「今です! 急いで外に!」
シャイニング・レディが叫び、戦闘員たちが客たちを引き連れて次々と外に飛び出る。「店長さんたちも早く逃げてください!」
しかし、小柴は両手を高く上げてうっすらと微笑み、つぶやいていた。
「ああ、恵みの雨だぁぁ」
「げげっ、ひどく錯乱してるじゃないかよ! 冨永さん、店長をお願いします!」
「そうとも、そこのエッチな女! 店長殿を連れて早く逃げるのじゃ!」
「そんな言い方はやめてください! しっかりしてください、店長!」
冨永はキーッと叫びながらも呆然としている小柴を抱えて脱出した。
「これで全員、避難しましたね!? では、私たちも逃げましょう!」
「おう、待ってましたっ」
「げほげほ、すすだらけのびしょびしょになってしもうた」
「邪姫丸は今回もくらくらしますみゃ」
3人と1匹も脱出した。
その後、シャドーと邪姫丸は外から魔力の続く限り放水を続け、消防車が到着したときにはふらふらになって去っていった。クリーナーも撤収し、ジャスティーダもその場を去った。